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悲しき大藤を想いて…故郷八女の黒木大藤

新型コロナウイルスも少しは落ち着いてきたような気がしますが、でも、予断が許されないことは変わりはなく、非常事態宣言の解除、もしくは段階的解除はどうなるのでしょう。本日は学校を9月から始めようかという議論も出てきたところで、文科省でも検討されているというとのこと。諸外国は9月始まりが多いので、それに合わせるのも一考かも知れません。実現させるにはどこかで半年のブランクをつくる必要がありますからね。でも、そうそう簡単な問題ではないですね。

自営業者や飲食店等々いろんなところに歪みが出てきたことも間違いのないところです。また東北三大祭りや徳島の阿波踊りなどの夏の行事も中止になりました。高校総体(インターハイ)も中止になるとか。今年はオリンピック開催のために分散開催が予定されていましたから、余計難しいでしょうね。

そうした中で、私にとってとても悲しいニュースが飛び込んできました。福岡県八女市黒木町の大藤祭りが中止になったとのこと。それは仕方がないのですが、それでも見学にする人が絶えないので、なんと藤の花を切ってしまうというではないですか…。

こちらはウォーカープラスに掲載された黒木の大藤祭り中止の記事です。中止にはなったものの、今年も見事な藤の花が咲き誇っている写真が載っています。

https://www.walkerplus.com/event/ar1040e179554/

黒木の大藤は、樹齢600年におよぶと言われています。1400年代ですか。室町時代ですね。

黒木町は平成の大合併時代は、私の故郷広川町とともに八女郡に属していました。八女は市と郡が両方存在する珍しいところです。広川町だけが合併していませんでしたから、今でも併存しています。黒木は母の実家で、黒木町山中というところでした。その名の如く山の中にある集落で、「山中」というと、「あそこは眺めんよかもん」とすぐに言われます。また、地元の人も「よう来たな」というのではなく、「よう登ってこらしたねぇ」と八女弁で言います。ポツンと一軒家はありませんが、それほど山の中なのです。

その母のふるさと山中に行くには、必ずこの大藤を通っていきます。矢部川沿いの道の向かいにあるこの大藤は私にとってふるさとの原風景の一つです。5月のゴールデンウィーク頃には、1メートルを超す大藤がバーッと一面に咲いていて、それはそれは見事です。これほどの藤の花はどこに行っても見たことはなく、退職したら、もう一度でいいから見に行きたいと思っています。

さらにこの側道を進むと、黒木中学校があって、その裏に猫尾城という山城があります。南北朝時代は南朝方の黒木氏が拠点とする城で、戦国時代には肥前の龍造寺氏に属して豊後の大友氏と闘っています。そう言えば、私の高校時代(県立福島高校)のバレー部に五条という姓の先輩がいました。立派な苗字だなと思っていたら、南朝方の武家の出で、「五条家文書」は南朝方の古文書だとのこと、後で聞いて驚きました。因みに女優の黒木瞳さんは、この黒木の出で、だから同じ八女出身の作家五木寛之さんからこの芸名をつけてもらったと聞いています。黒木町の入り口には「黒木です。瞳が見ています」という大きな交通標語が掲げてあります(^^)ちなみに黒木さんは母の実家の従姉妹の同級生だったそうです。これも従姉妹から聞いたときはびっくりしました。さらに因みに五木さんは母校の先輩で、新聞部をつくったのだとか。本名の「松延」は八女に多い苗字です。

何だか御託が多くなりましたね(^^;)とにかく、見学者が絶えないと言うことで、今年も見事に咲いたこの大藤がすべて刈り取られたというのです。こちらは西本新聞の記事です。見事に咲いた藤の花の動画もあります。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/604185/

そしてこちらは…

藤の花が刈り取られているところです。共同のニュースでは「苦渋の刈り取り」と書かれていました。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200428-00000138-kyodonews-soci

こちらの毎日新聞には刈り取りの風景が複数掲載されています。

https://mainichi.jp/graphs/20200428/hpj/00m/040/007000g/1

「花に罪はないのに」「来年はもっと大きな花を」と言われても、何だかいたたまれない気持ちです。ここにも悲しき初夏の風景があります。

投稿者プロフィール

馬場 弘臣東海大学教育開発研究センター教授
専門は日本近世史および大学史・教育史。
くわしくは、サイトの「馬場研究室へようこそ」まで!
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