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京都所司代の遺構見つかる 政庁の門や池の跡 時事通信社

京都市上京区のホテル建設予定地で、江戸幕府が朝廷や西日本の大名を監視するために置いた京都所司代の建物遺構が見つかったと、古代文化調査会(神戸市)が10日発表した。詳しくは下記へ!

https://news.yahoo.co.jp/articles/ad746a6ef2fd82bce9ba0c105efef0a659dcbca9

仙洞御所の洲浜

6月も今日で3分の1が終わりです。いや~時間のたつのは本当に早い。今日は2時間目が日本近世史基礎演習の授業、3時間目(相当)が文明研究所の所員会議(兼任しています)、3時限目が卒業論文基礎2ですべてオンラインです。ずーっと続けていると、さすがに疲れます(^^;)

文明研究所は、秋の緒形拳さんの展覧会を主催する研究所ですからね。それにしてもショックだったのは、9月までは学生の入構は禁止とのこと。一般も基本的にはそうだと言うことで、展覧会の準備はどうしよう…と、ひたすら不安になっています。明日からは大雨だと言うし…。梅雨の世は、梅雨の世ながら、さりながら…。ちょっと、いやかなり違いますが(^^;)

さて、そんな中で、京都所司代の遺構が見つかったというニュースが飛び込んできました!この前、豊臣秀吉の「京都新城」の遺構が見つかったというニュースが入ってきて、今度は京都所司代の遺構!続いていますね。鎌倉でもそうでしたが、これくらいの歴史都市になると、中世までの遺構が取り上げられて、近世の遺構はどうしても後背に押しやられてしまいます。そうした中ではビックニュースですよ!

何度か書いていますが、私の研究対象である小田原藩主大久保忠真も京都所司代を務めていて、かの光格天皇の譲位の式典を執り行っています。その時に作ったのが、仙洞御所の洲浜です。湯河原の海岸から同じ大きさの丸い石を集めさせて、石1個を米1升と取り替えたことから、「一升石」と呼ばれています。

写真は京都所司代の遺構とは関係ないですが、その洲浜の写真です。もう3年前になるのですね。あ~ぁ、京都に行きたい。秋の展覧会に向けては、京都撮影所も訪ねたいですしね!コロナめぇ~(>_<)

投稿者プロフィール

馬場 弘臣東海大学教育開発研究センター教授
専門は日本近世史および大学史・教育史。
くわしくは、サイトの「馬場研究室へようこそ」まで!
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