コロナ禍と富士山噴火。

コロナ禍と富士山噴火。

22日から「Go Too キャンペーン」の中でも目玉となる「Go To トラベル」が始まるそうですね。パンデミックとなった新型コロナウイルスは、言わば生物災害と言うべきものでしょう。東京では感染者が200名を超える日が4日間続いた、首都圏では感染者が増えているなんて毎日毎日言われたら、心理的な問題の方が大きいですね。私もついに福岡の実家の妹から夏は帰ってくるなと言われてしまいました(T_T)何かあったら村八分にされるぞ!と…。

まぁ~そもそも飛行機はキャンセルしようとしたところで、私のなかなか帰れないと言い出せないところでしたから、どっちが先かということで、仕方がないですね。どんな形であれ、迷惑は掛けられませんからね。

そんなこんなの時期に、小山町の須走地区で、宝永4年(1707)の富士山噴火の遺構が発見されたというニュースが入ってきました。

1707年の富士山宝永噴火で集落が火山灰に埋没したとされる小山町須走地区で、当時の家屋の柱とみられる木材などが地中から見つかった。宝永噴火で埋まった家屋の遺構が同地区で見つかるのは初めて。試掘調査をした町教委学芸員の金子節郎さんは「集落の全容はまだ不明だが、古文書の記録の一端が裏付けられた」と説明する。(佐野周平)毎日新聞 2020年7月11日

詳しくはこちらで↓

https://www.tokyo-np.co.jp/article/41782

須走地区は、富士山登山口として有名な須走口で、江戸時代にはそのまま須走村と呼ばれていました。噴火の際には最も被害を受けた地域で、総家数75軒はすべて焼失したと言われています。また、火山灰の深さも3メートルにのぼったとか。

そうしたら、『デイリー新潮』の記事(2020年7月8日)で「コロナに隠れた「富士山噴火」驚愕シミュレーション 首都圏に予測不能の大被害」なんて記事も出ていました。

詳しくはこちらで↓

https://news.yahoo.co.jp/articles/356fbafb2bc90c39e8b912a45674b886956554a7

要は、宝永富士山噴火と同じ規模の火山灰が降ったら、どれだけ被害が出るか、首都機能は麻痺してしまうぞ、それも絵空事ではないよ、という記事です。

やたら恐怖を煽るのは問題かも知れませんが、これは「備えあれば憂いなし」とは言えない問題です。ずっと、そう言っていますが、実は噴火の際の初動隊対策など、まだまだ分っていないことも多いんですよね。

 

秦野市横野-宝永富士山噴火による降灰、天地返しの跡

投稿者プロフィール

馬場 弘臣

馬場 弘臣東海大学教育開発研究センター教授
専門は日本近世史および大学史・教育史。
くわしくは、サイトの「馬場研究室へようこそ」まで!

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