お題No.16 韮山江川代官御仕置条目 その2

Let's古文書
お題No.16 韮山江川代官御仕置条目 その2

享和元年(1801)の韮山江川代官所の「御仕置御条目」を読んでいきましょう。ここでひとつお詫びです。前回のlet’s古文書では、3か条を読むと書きながら、実は4か条目まで読んでいました。今回は仕切り直しで4か条目と5か条目を読みます。下の古文書は、改めて4か条目から6か条目までの写真です。

いつも通り、解読して釈文にしましょう。

【書き下し文】
一切支丹宗門の儀、御制禁の事に候間、郷中不審なるものこれあるにおいては、早速五人組より名主へ申し達し、その上役所へ訴えもうすべく候事
附り、宗門人別帳面に記し、毎年春中急度差し出すべく候事
一御成箇割り附け相渡り候節、名主・与頭・惣百性出作之者迄残らず立ち会い高下無く明細に割賦少しも申し分これ無き段惣百性印形の勘定帳名主方へ取り立て、その趣役所へ急度申し達すべく候事

【解説】
4条目は、いわゆるキリシタン禁令と呼ばれているものですね。郷中というのは村々の中で、といった意味ですが、そこで不審な人物を見かけたら、五人組から名主まで届け、それから韮山代官所まで届け出ることとしています。
」とあるのは、「つけたり」と読みます。「補足」といった意味ですね。ここでは「宗門人別帳面」を作成して、毎年春の間に必ず差し出すこととしています。春は旧暦では1月、2月、3月のことになりますから、3月までに提出しなさいということになります。

5条目にある「御成箇」は「おなりか」と呼びます。年貢のことです。「御成箇割附」というのは、年貢割付状のことで、村ごとに年貢をどれだけ出すかを示した令状のことです。年貢割付状が下されたら、名主・与頭・惣百姓それから出作の者まで残らず立ち会って、差別がないように明白に割り付けるようにとあります。江戸時代は年貢村請制と言って、年貢は村ごとにまとめて上納することになっています。それをどのように分配するかは村で決めるのです。年貢の分配量を定めた帳面を「年貢勘定帳」と言います。ここでは明白に確認して文句がなければ、惣百姓のハンコを取った勘定帳を名主が取り立てて、その様子を代官所へ届け出るようにと言っています。

【解読のポイント】
前回書き忘れていました。「」という文字の異体字です。写真を貼り忘れていました。面目ないです。改めて、貼っておきます。

4条目1行の「」という文字も、2行の「」という文字も異体字ですね。「於」の偏は手偏になっていますね。
5条目では、一般的には「組頭」といわれる村役人が「与頭」になっていますね。「与する」と書いて「くみする」と読みますから、「組」と同じ意味になるのですね。
また、「惣百姓」という文字では「百姓」が「百性」となっています。もう、これは慣用的に使われる誤字というか、当て字というか…です。「」という文字は今では「」としますが、江戸時代では「惣」を使うのが一般的です。考えてみれは、「総」には他にも「」もありますね。感じは実は同じ意味でたくさんの文字があります。本当は微妙に使い分けがあるのですがね。

投稿者プロフィール

馬場 弘臣

馬場 弘臣東海大学教育開発研究センター教授
専門は日本近世史および大学史・教育史。
くわしくは、サイトの「馬場研究室へようこそ」まで!

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