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お題No.16 韮山江川代官御仕置条目 その4(修正)

ま、冬休みの間だけですから(^^;)少し、韮山江川代官所の「御仕置条目」を読み進めておくことにしましょう。今回は7条目と8条目です。

こちらも釈文にしてみます。毎度のことですが、Webには縦書きの機能がありませんので、一度ワープロで呼んだものを画像(jpeg)にして貼り付けています。

【書き下し文】
一御城米拵え随分念を入れ、米怔吟味を遂げあらくだけ・青米等の類これ無き様仕(つかまつ)るべく候。俵入れ升目・俵拵え念を入れ、名主米見・升取・印形・中札俵毎に入れ、上札共にこれを差し、船積みの節も俵数残らず貫目をふり、俵数・升目吟味致し、船積み立て足見送状相極めるべく候。尤も船中は百性惣代たるべき慥か成るもの上乗これを附け、前々仰せ出だされ候御条目の通り厳密に相守るべく候事。
附り、御年貢米村取り立ての節、名主・与頭・年寄立ち会い、随分厳密に相改め申すべく候。尤も郷蔵詰め仕るべき節申し触れ候通り日限遅滞なく相納むべく候。幷びに郷蔵の儀修復等念を入れ麁末仕る間敷く候事。
一御城米御蔵納めに罷り越し候名主儀、随分慥か成るものを撰び立てこれを遣し、無益の入用これ無き様仕り御用仕舞い謂(いわ)れ無く逗留仕らず早速罷り帰るべく候。勿論納め方御用少しも手支えこれこれ無き様仕るべく候。若し不埒の儀これ有り候者穿鑿の上越度申し付くべく候事。

【解説】
第7条目は書き出しが「御成米」となっていますが、「御城米」の誤記でしょう。近世文書は手写しだけに誤字脱字は当たり前です。ワープロで書くことが多い現在は、同音異義語の書き間違えに注意しなければいけませんね(^^;)
まぁ~それはそれとして、「御城米」とは、幕府直轄領や譜代大名の城に詰めさせた兵粮米で、寛永10年(1633)に全国的に設置され、延宝4年(1676)には57か所、24万石にもなったと言われています。城詰米とも称しています(『岩波日本史辞典』)。伊豆韮山(静岡県伊豆の国市)の江川代官所は、幕府直轄領の陣屋ですから、当然、御城米が設定されていました。ちなみに私の主研究対象である小田原藩の小田原城には「御城米曲輪」がありました。
で、この7条目は、御城米の俵拵えに関する条文です。米怔(こめしょう)=米の品質には十分吟味をして、荒砕け米や青米などがないように、また俵に米を入れる際には、升目や俵拵えなどに念を入れ、名主の見分や升取、印形、中札などをきちんとチェックして、船に積む際にも俵数や升目に十分注意を払い、信用できるものを乗船させるようにと、なかなか規定が厳しいですね。
補足の部分では、年貢米を取り立てる場合の規定と郷蔵に納める時の日限を守ること、そして郷蔵の修理を念入りに行なうことを命じています。
8条目は、御城米を御蔵に納める時の注意事項で、立ち合いの名主には信頼できるものを派遣し、余分な費用が掛からないようにすることと、とにかく終わったらすぐに帰れ、不埒なことがあれば取り調べの上、処罰すると述べています。いずれも御城米に対する取り扱いの厳格さを示していると言えるでしょう。

【解読のポイント】
ここでは、「無之」「有之」のパターンを確認してみましょう。釈文では赤文字で示しておきました。とくに「有」と「無」の崩しのパターンをこれからもきをつけていただければと思います。なお、「之」の字はだいたい「の」と読ませることが多いですね。
附(つけたり)の部分で、「御年貢米」の後の字がどうもおかしなくずしをしていますが、意味的に言って年貢米(この場合は「御城米」だと思われますが)の、「封印」についての補足事項だと思われますので「封」と呼んでおきました。

が、その後Twitterでご意見をいただきまして、「村」に変えました。やっぱりこの方が意味的にもスッキリしますね。

投稿者プロフィール

馬場 弘臣東海大学教育開発研究センター教授
専門は日本近世史および大学史・教育史。
くわしくは、サイトの「馬場研究室へようこそ」まで!
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