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お題No.010の回答 続聟養子証文 史料と史実と真実の間

今回は、農村に普通に残っているような証文ですが、ちょっと解説が長くなります。お題No.009の聟養子証文の回答(http://www.ihmlab.net/tweet/komonjo/8333/)と比較するためです。まずは、お題N0.010を読んでみましょう。

お題No.010の古文書

お題No.010の筆耕

【書き下し文】
名跡取り引き証文之事
一拙者実子これ無き故、貴殿忰銀之助儀、仲人当村太郎左衛門を以て所望いたし、聟名跡と定め引き取り申す所実正也。然る上は養女ゆうと夫婦にいたし、拙者持ち分畑・林・屋敷共に永高三百九文并びに家財・諸道具残らず相譲り申すべく候。尤も聟銀之助儀、拙者夫婦に対し不孝が間敷(まし)き儀これ無く、夫婦・諸親類と睦敷(むつまじ)く、百姓役大切に相勤め申さるべく候。拙者夫婦隠居いたし候わば、身上相応の隠居免取り、拙者夫婦存生の内は所持いたされ、末々は聟銀之助方え相返し申すべく候、万壱不相応にて不縁に罷成り候わば、跡式并びに女子にも搆い無く罷出で申さるべく候。
右相定めの通り向後少も相違申す間敷く候。後日のため取り引き証文仍って件の如し

【解説】
この名跡取り引き証文は、お題No.009の聟養子取り引き証文とほぼ同じ文面です。文面どころか、寛政2年(1790)2月と年月も一緒です。何より、どちらも小左衛門の忰銀之助を聟養子として貰い受けるというのです。ただし、このお題No.010では、清右衛門が銀之助を養子に貰い受けるにあたっての条件を決めているのに対し、お題No.009では、八郎兵衛が銀之助を養子と貰い受けるのにあたって、八郎兵衛の弟金十郎を聟養子に貰い受けるというのです。だからおNo,009は、金十郎が小左衛門の聟養子になるにあたっての条件を示していますので、文面は似ていても対象は違うことになります。

いったいどちらの証文が実際に執行されたのでしょうか。どちらもちゃんと印鑑が押されてあって、差出人の抹消や切取りなどの、証文を反故(ほご)にする処理は行なわれていません。通常、後からの面倒を避けるために借用証文などは、効力がなくなると、反故つまり無効になる処理が行なわれていることが多いのです。何より、小左衛門の忰銀之助は、八郎兵衛の聟養子になったのでしょうか?それとも清右衛門の聟養子になったのでしょうか?これだけでははっきりしません。お題No.009では、自分の忰を聟養子に出して、八郎兵衛の弟を聟養子に出すってどういうことでしょうね?と疑問を呈しておきました。しかし、こうして2つの証文を並べると、聟養子に差し出すだけではなくて、自分の方にも聟養子が来て、しかも持参金5両を添えて…というお題No,009の方が条件がよいように思えます。そう考えれば、もともとは清右衛門との間で銀之助を聟養子にするという話ができていたのですが(お題No.009)、もっとよい条件で銀之助を聟養子にしたいという八郎兵衛との話が出てきて、そちらの方に証文を書き直した、と言えそうです。

でも、これはあくまでも可能性のひとつに過ぎません。もしかすると、逆に八郎兵衛との話が破談になったから、改めて清右衛門との話が整ったとも考えられます。あるいはどちらもご破算となったのかも知れません。

いずれにしても、史料とはそういうものです。婚姻を証明した史料などが残っていない限りは、このようにさまざまな可能性だけが残ることになります。とはいえ、話をまとめる上ではどれかに決めてしまわなければならない…。これが物語」としての歴史です。
これに対して、「科学」としての「歴史学」は、それぞれの史料をきちんと提示して、その可能性について検討するだけです。そのためには何より、史料をきちんと読み取る知識と技術を習得しておく必要があります。その上での分析です。「史料」に語られていることがすべてではないという言い方は、こういうことがあるからです。「史実」というのはそれほどまでに判定が難しいのです。ましてや「真実」なんて軽々しくは使えません。だから、軽々しく歴史の「真実」を語る著作は基本的に信用していません(^_-)

お題No.009の筆耕

 

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投稿者プロフィール

馬場 弘臣東海大学教育開発研究センター教授
専門は日本近世史および大学史・教育史。
くわしくは、サイトの「馬場研究室へようこそ」まで!
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