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小田原北条氏の惣構え

戦国大名小田原北条氏の惣構えといえば、豊臣秀吉が攻めてくることを想定して、小田原の城下をぐるっと総延長9kmにも及び大規模な空堀と土塁による防塞のことをいいます。この惣構えを参考にして秀吉による京都の御土居や家康による江戸の町作りが行なわれたことは、最近よく語られるようになった事実です。

ということで、本日は小田原観光協会の「はじめての総構」ツアーに参加してきました。初めてではなく、小田原市史編纂の時代に中世史の山口博さんが案内してくれたのですけどね。秘密です。かみさんは初めてでしたからね。ただ、その時は、もっとも遺構がよく残っている小峰の御鐘ノ台あたりに連れ行ってもらったもので、惣構えをめぐるというのではなかったので、興味津々です。実は別のツアーを申し込むはずだったんですが、申し込んだ先が勘違いをして観光協会につないでくれまして(^^;)てっきり、観光協会とのタイアップ企画だと思っていたら、違ったのでした。

まぁ~最高に天気もよかったし、いいっか。という感じですかね。写真も多いので、今日は紹介ということで行きたいと思います。コースは、小田原駅の新幹線口をスタートして、稲荷森から山ノ神掘切→小峰御鐘ノ台西堀・東堀→三の丸外堀新土塁→八幡山東曲輪へと参ります。

まずは山ノ神掘切です。谷津丘陵の通行を制約するために設けられたそうですが、現在までのところ、発掘調査が行なわれていないので、本来の堀の規模はわからないとのことでしたね。

山ノ神掘切

続いてまずは稲荷森から。こちらは字名(あざめい)から名づけられたもので、惣構えの中でも最も良好な遺構が残っているのだそうです。この湾曲した堀とその間に囲まれた土塁が何ともいいですね!

稲荷森惣構え

また途中のみかん畑にはみかんがたわわに実っていていいですね。私の実家も私が高校に上がる頃まではみかん山があって、よくみかん採りの手伝いをさせられました。みかん山は斜面になっているから作業がやりづらいんですよね。父がみかん山は止めてブドウ畑にすると言いまして、実際ブドウ畑になったのですが、その最後の年のみかんは最高に甘くて美味しかったですね。今でも記憶の中では人生で1番美味しいみかんでした。

たわわに実ったみかんとお二人の背中を見ていると、なんとなく遠い昔の父と母を見ているようで、懐かしさがこみ上げてきまして…。

さて、ここから小峰方面の惣構えに参ります。小田原城は、江戸時代もそうなのですが、この小峰方面がもっとも守りが弱いのです。尾根伝いに攻め込まれるとたいへんなので、ここはとくに重点的に掘切と土塁で囲まれています。惣構えがちょうど釣り鐘の見えるように囲まれていて、西堀と東堀があります。まずは西堀方面です。

堀の中が2段になっていますね。北条氏は空堀であっても、間に敷居をつけたような畝堀や四角に囲んでいく障子堀など、特異な城郭構造をしています。障子堀は山中城(静岡県三島市)がもっともよい形で遺構が残っています。もっとも秀吉軍には結局落とされましたが…。

この小峰の惣構えは釣り鐘のようにみえると言いましたが、実際、御鐘ノ台と呼ばれていました。

御鐘ノ台石碑

そして1番のお目当て小峰御鐘ノ台東堀です。ここは初めて案内されたときに本当に感激しましたね。テレビでもよく紹介されています。

小峰御鐘ノ台東堀
小峰御鐘ノ台東堀

天気がよくて、マイナスイオンがいっぱいで本当に気持ちがいいです。どうです!迫力があるでしょう。あんまり意味がないかも知れませんが、動画も撮っておきました。

https://www.ihmlab.net/tweet/wp-content/uploads/2021/11/IMG_6807.mp4
小峰御鐘ノ台東堀動画

まぁ~何も知らなければただの谷ですけれどね(^^;)しかし、これをずーっと9Kmにもわたって人力で築いていったかと思うと本当に気が遠くなる想いです。

三の丸外廓新堀土塁

こちらは三の丸外廓新堀土塁と呼ばれる場所です。天気の良さと向こうにちょっぴり見える海が綺麗でしょう。ここから八幡山古郭東郭に向かう途中には江戸時代の小田原城もみえてきます。

小田原城天守

このサイトでも何度か書きましたが、小田原城の天守は、廃藩置県の際に解体されて、部材や城内にあった矢などもすべて払い下げられました。そのまま残っていたらねぇ。現在の天守は戦後、昭和35年(1960)当時の市長鈴木十郎氏の手によって復元されます。原型になったのは、元禄16年(1703)の大地震で崩壊して焼失したあと、宝永2年(1705)に新しく建築された天守でした。

とりあえず、惣構えはこれくらいにしておきましょう!9時30分頃に出発して12時過ぎには駅に戻ってきました。とにかくお腹が空いてので、お昼!小田原でお昼と言ったらやはり海鮮!駅近くのRyoというお店で、あじフライにお刺身の定食を頼みました。

やっぱり小田原のあじは美味しいです。ふっくらとして、こちらは骨がていねいに取ってあるので食べやすかったですね。ちなみに小田原の干あじは小田原藩から将軍への時献上品でもありました。あ、みかんも時献上品です。時献上というのは、季節ごとに将軍家に献上する土地の名物などを言います。だから時献上。朝に献上するから、朝献上とも言いますね。

駅前に新しくできた新城下町、略称ミナカにも案内して、お土産を買って、やはりラストはここです。

小田原の陣で切腹を命じられた北条氏政と北条氏照の墓です。この墓は寛永9年(1632)から貞享2年(1685)まで藩主であった稲葉氏3代正勝・正則・正通(正往)の時期に建てられたそうです。

こうして天候にも最高に恵まれた秋日和の小田原惣構えツァーを堪能して家路につきました。

投稿者プロフィール

馬場 弘臣東海大学教育開発研究センター教授
専門は日本近世史および大学史・教育史。
くわしくは、サイトの「馬場研究室へようこそ」まで!
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