年越しそば がめ煮 雑煮 母の味

今日のつぶやき
年越しそば がめ煮 雑煮 母の味

それにしても1日が早いですね。2日から仕事を再開して、今は集中して「吉岡由緒書」の読点修正と、行間に( )を入れて人名や藩名などの注記を入れる作業をしています。これは年末からです。そうしているとあっという間に1日が過ぎてしまうのです。そんなこんなでブログも滞りがちです。

さて、昨日4日は母の4回目の月命日です。先月の月命日にも母の思い出を書きました。

お母さんと川へ洗濯に…。3回目の月命日

今日は大晦日と元旦の料理についてのお話しです。大晦日といえば年越しそばでですね。こちらが我が家の年越しそばです。

甘辛く炒めた牛肉とさつま揚げ、なると、そしてねぎがトッピングされています。これは私の福岡の実家と同じです。そもそも福岡では昔からあまりそばを食べる習慣はなくて、明らかにうどん文化です。福岡といえばとんこつラーメンが有名ですが、実は店としてはうどん屋の方が多いのです。実家に帰省した際には、よく通う八女市の「しげ」といううどん屋で食べているところをアップしています。

でも、年越しにはやはりそばを作るのです。ただし、そばの麺は柔らかめです。出汁も煮干しから取ります。そんなものでしたから、修学旅行で長野県に行って、善光寺の側のそば屋でそばを食べたときには、その汁の黒さに驚き、醤油の辛さに驚いて、みんなでまずいまずい!と言っていました(^^;)今は関東の味に慣れてしまいましたが、それでもそばを食べるときにはざるそばか盛りそば、もしくは冷やしそばにしています。それにしても今年のそばはちょっと柔らかすぎましたかね。

明けて元旦。正月料理ですが、母が亡くなって喪中でもあるし、どれくらいの品を作ればよいのか、かみさんも悩んでいました。とはいえ、忌中と喪中は違います。正確にいえば忌中と服喪ですね。忌中で引き籠もるのはだいたい四十九日までで、服喪で祝い事を慎むのはだいだい1年が一般的です。服喪はだからって神社にお詣りしてはいけないとかはないですね。

江戸時代には服忌令という法令が5代将軍徳川綱吉の代から出されるようになります。この規程では父母、養父母、兄弟などで違っていて、父母の場合が「忌」の期間が50日で、「服」の期間が13か月となっています。忌中が50日なのは、四十九日を過ぎたらということになりますかね。13ヶ月となっているのは、江戸時代は太陰太陽暦が使われていて、1年は12ヶ月の年と13ヶ月の年がありまして、確実に1年間となると、13ヶ月とせざるを得なかったということでしょう。

そんなことを言っているので、私から「おふくろのことだから、そんなに厳しいことは言わないよ」と言ったところで、正月料理はこんなところで落ち着きました。

大きな焼き海老と中くらいの煮た海老、ぶりの照り焼き、黒豆、栗きんとん、数の子、そしてがめ煮に雑煮です。左下のがめ煮と右下の雑煮以外はほぼ市販品ですね。というより、オリジナリティーがあるとするとがめ煮と雑煮くらいということになります。

がめ煮は筑前煮とも言いますし、八女地方では煮しめとも言います。レンコン、牛蒡、黒コンニャク、干しシイタケ、ニンジン、鶏肉、里芋もしくはジャガイモで作る福岡のソウルフードです。ただ、これらの食材も地方によって多少違いますがね。とにかく根菜類をはじめとして食材が多いので、結構、材料費がかかるんですよね。私も昔、時間のあるときには作っていましたが、買い物もたいへんでした。

雑煮は醤油ベースの汁で丸餅です。子どもたちが小さかった頃は、実家に帰ると餅作りが待っていました。まだ実家にはかまどがあって、このかまどで餅米を蒸かし、もちつき器でついた餅をみんなで丸めます。親戚にも配るので、とにかく鏡餅にする大きな餅から普段食べる小さな餅まで一生懸命丸めたものでした。

雑煮には「寿」のなるととさつま揚げ、ニンジンと大根が入っています。実家の雑煮で珍しいのはスルメと昆布をたくさん入れて作ることです。今回はスルメも細くて、昆布はちょっと目立たないようです。何だか変な取り合わせのようですが、これがまたよい出汁が出るとともに、柔らかくなったスルメが何とも美味しいのです。

そしてこうした料理に欠かせないのが、これまた実家で使っていたたまり醤油です。実家ではずっと八女市黒木町の「まる昌醤油」を使っていました。いわゆるい甘い醤油です。私の妹は今でも関東の醤油があわないらしくて、こちらに出てくるときには必ずまる昌のMy 醤油を持参します(^^)

こちらがそのまる昌の醤油のうまくち醤油とさしみ醤油です。さしみの方が濃いめでしょうか。もちろん、たまり醤油にも種類がありますし、醸造元ごとに味も違います。が、うちではこのまる昌でないとダメなのです。やはり味のバランスがよくてうまいというしかないでしょうか。

まる昌醤油にはちょっとした因縁がありまして、母の実家の長兄が、農作業や山仕事の合間にまる昌醤油の配達をしていたのです。もちろん、我が家にも伯父が届けてくれていました。大好きな伯父でしたから、来てくれるのが楽しみでもありました。

そんな話をまる昌醤油をホームページで購入した際に、御店主にメールでお話ししたら、なんとお母さまが覚えてくれていらっしゃるとのこと!時代と距離が一気に縮んだ気がしました

ということで、まる昌醤油さんはホームページも開設されて、今は直接ネットで購入することができます。御試しのミニボトル3本セットもありますので、故郷を離れている方、興味のある方は以下の販売サイトで見ていただければと思います。よろしくお願いします。って営業マンみたいですね(^^;)

https://marumasa-shoyu.jp/

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とにかく、この醤油なしでは我が家の年越しそばもがめ煮も雑煮もありません。それこそ味の決め手です。

それともう一つありがたいことは、そうしたもろもろの料理の作り方が、しっかりと母からかみさんへ伝授されていることです。年越しそばもがめ煮も雑煮もやはり、故郷の実家の味です。それをかみさんは何も言わず当たり前のように作ってくれます。なにせうちの母は「醤油はどれくらい入れればいいですか」とかみさんが聞くと、ニコニコしながら「だいたいったい」というような人でした。本当に感覚に頼って作っていましたね。それでも味の濃さなども含めて、私に1番ぴったりくる母の味をほぼ再現してくれます。娘たちもこうした田舎の料理が好きで、それが今でも食べられることに、作ってくれるかみさんには心から感謝したいと思います。味も気持ちも、大げさに言えばその文化も確かに母からかみさんへと受け継がれいます。

この他にも妹が送ってくれた大量の馬刺しがあったのですが(これもまたまる昌醤油がよく合うんです)、そんなこんなを含めて母も「そげん心配せんでもよかたい。こんくらい作ってもよかっさい」と言って喜んでくれていると思います。

投稿者プロフィール

馬場 弘臣

馬場 弘臣東海大学教育開発研究センター教授
専門は日本近世史および大学史・教育史。
くわしくは、サイトの「馬場研究室へようこそ」まで!

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