咳をしてもひとり

今日のつぶやき
咳をしてもひとり

まぁ~疲れたのでグチです。日曜日で天気もいいのですが、研究室にお籠もりです。で、しばらくはこのサイトも更新しないと言っていたのですが…(^^;)珍しく情報研究センターの先生はひとりも来ていらっしゃらないので、実験棟F館の2階はまるっきりのひとりです。窓の外は本当にいい天気で、緑が眩しいです。

今年の地方史研究会の大会は神奈川で、横浜で開催されることが決まっています。ま、その問題提起をということで、何とか書いて提出しました。「関東大震災復興と観光政策-横浜復興博と箱根観光博-」というタイトルです。私は江戸時代が専門なのですがね…(^^;)ま、災害史の一環と言うことで。ボツにならなければいいのですが…。

今は『東海大学七十五年史』執筆一直線。私は1970年の大学紛争から80年代末までについて書いています。東海大学の大・大・大拡大期ですね。つくづくそう思います。すでに『東海大学五十年史』が出ているのですが、正直なところ、通史編の場合、70年の大学紛争までは「歴史」になっていますが、それ以降はただ現状を羅列しているだけですね。現在のことは書きづらいといったことでしょうか。『五十年史』があるから、その後の25年を中心に著述するというのは、『七十五年史』の基本方針なのですが、どっこい、歴史というのは新しい史料が出てくれば書き替えられますし、それを書いている時代の社会背景や変化によっても内容が変わります。つまり「歴史」は常に変化するものなんですよね。そこところの認識がはじめからずれていることが辛い。もっとも、何を言っても上の方が決めたことだから仕方がない。それに新しい史料の発掘などは期待に反してほとんどできませんでしたしね。それでも、書き直したいこと、記述を変えたいことはいっぱいあります。なので頑張っています。時間もかかります。でも、昔と違って、充分な時間も与えられません。誰かが言っていました。自治体史(年史)を引き受けるのは、金か、史料か、義理かだと。どれか一つでも当てはまればやらざるを得ないが、1番最悪なのは…ですね。

もっとも、確かに「部局編」は結構、役に立ちます。だからこそWebに載せれば、「TokaiPedia」にすればよかったのに…とつくづく思います。だって、今年、文学部が文学部と社会文化学部に分かれたなんて、『七十五年史』には載らないのですよ。常に新しいことも織り交ぜながら、間違っていたら束修正して、検索できた方が便利じゃないですか!何よりそれらを積み重ねていけば、次の年史はずっと楽になります。「先駆けの大学 東海大学」では先駆けることができませんでしたから、どこかの大学でやって欲しいですね、本格的に。

と、グチばっかりいっても仕方がないので頑張ります!幸いなことに、おととい帰ってきた下の娘がちょっと早いけどといって、ブルーボトルコーヒーの水出しアイスコーヒーセットをプレゼントしてくれました。粉にしたコーヒー豆を入れて作ります。ブルーボトルコーヒーは、清澄白河で第1号店がオープンしてかなり話題になりましたよね。新宿にも店ができたからといって、プレゼントしてくれました。今までは派手なパンツをもらうばっかりだったのですが、さすがに都会は違いますね(^_^)ありがたく美味しくいただきながら、頑張ります!!

 

投稿者プロフィール

馬場 弘臣

馬場 弘臣東海大学教育開発研究センター教授
専門は日本近世史および大学史・教育史。
くわしくは、サイトの「馬場研究室へようこそ」まで!

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