【徒然】リハビリから始めるStanding Work &閏月


甲状腺眼症状の治療のために入院してから今日でちょうど1週間です。おかげさまで術後の経過もすこぶる順調で、とくに下の方の複視の改善は顕著です。点滴も終わって、今は服薬と目薬だけの治療に移りました。

◎Standing Work

しかしながら、目以外は今のところどこかひどく悪いところがあるわけではないので、さすがに体が極度になまってきました。「原宿」の病院に入院しているのですが、気分的には「腹熟」です(^_^;)また、目が悪いと言っても、眼球そのものに問題があるわけではないのですから、複視が改善した以上、そんなに見えづらいということもありません。ただ、若干、視力が落ちているようで、眼鏡がちょっと合わなくなってきました。

いずれにしても、このままでは退院してからもたいへんですから、たまたまネットでみつけた記事を参考にStanding Workをいうのを昨日から始めてみました。要は、本来ならばデスクワークでやるような仕事を立ってやるということです。パソコンの入力なんてまさにそうですね。まぁ〜考えてみれば、昔からあった発想ではありますが…。曰く、立って会議をやれば、会議時間が短縮できる!なんてね。具体的には病室のベッドにあるテーブルを最大限引き上げて、立ってパソコン仕事をやっています。そうするとちょうどこんな感じになります。

このblogも立ちながら書いているわけです。Standing Workといっても一日中立っているわけでありません。本来ならば、デスクワークで座ってやる仕事をしばらく立ってやってみるということです。昨日は2時間弱やっていたでしょうか。やはり体は弱っているようで、ちょっとふくらはぎが重くなったのと、モモも張ってきました。腰もちょっと重いかな。でも、リハビリにはちょうどよくて、今日も午前中は検査に検診の合間を縫ってやっています。もし、よかったら退院してもやはりリハビリを兼てやってみようかと思っています。

◎閏日と閏月—江戸時代には13か月の年があった!

既報の通り、カナダのビクトリアにプチ留学している娘からメールが来まして、水曜日に学校でプレゼンテーションをやるんだけれど、何かいいテーマはないかしら。ちょうど閏日の日だから閏年の話をしてみようかと思うんだけど…といった内容でした。改めていうまでもありませんが、今年は閏年です。また、29日ある2月のことを閏月ともいいますよね。でも、江戸時代、正確には太陰太陽暦(太陰暦)が用いられていた江戸時代以前の 時代には、「閏月」といえば、通常は12か月である1年の月数がひと月分多いことをいいます。例えば2月が2回来て、後の2月を「閏二月」とかいうのですね。ここでは日本の江戸時代に話を絞ってしまいますが、江戸時代には1年が13か月の年があった!のですね。

まずは、閏日についておさらいしましょう。いちいちの解説より辞書の方が正確なので、こでは『ブリタニカ』から引用させていただきます。

太陽暦では,1太陽年が 365.2422日にあたるため,平年を 365日とし,400年に 97回閏日をおいて補正する必要がある。最初の一応完全な太陽暦は,前 46年,ユリウス・カエサルがアレクサンドリアの天文学者に命じてつくらせたユリウス暦で,1回帰年 (太陽年) を 365.25日として4年に1度閏年をおくことになっていた。しかし,真の1回帰年の長さは採用した1回帰年よりも 0.0078日だけ短いため 16世紀にいたり,約 10日間の食違いが生じた。 1582年,ローマ教皇グレゴリウス 13世は,その年の 10月4日の次の日を 15日とすることでこれを是正し,400年に3回,閏年となるべき年を平年とすることにした。具体的には,西暦紀元のうち,4で割切れる年の2月の終りに閏日をおいて 29日とし,なお 100で割切れる年のうち 400で割切れない年だけは平年とした。このグレゴリオ暦の方法が,今日ほとんど全世界で採用されている。

ほかにも「閏秒」というのもありますが、これはもう省略しましょう。そこで、早速、閏月の話ですが、以下の説明は、私が実際に近世史の授業で配っているテキストから抜粋しました。元の原稿は、神奈川県の「南足柄市史」時代に、編纂にあたって書かれたものに加筆修正したものです。さらに若干の注記を追加しております。なお、テキストの原文は漢数字ですが、すべて洋数字になおしております。

明治5年(1872)12月、それまで暦法として用いられていた太陰太陽暦(陰暦)が太陽暦へと切り換えられた。陰暦では月のみちかけにしたがって1か月の長さを定め、1年の長さは太陽のめぐりにあわせていた。太陽と月の運動形態を折衷していたわけで、そうすると太陽暦では一定である月の大小の配列が、陰暦ではかなり異なってくる。新月を朔(さく=朔日は「さくじつ」また「ついたち」と読んで1日のことです)、満月を望(ぼう=望月ですね)というが、朔から望、あるいは望から朔を一朔望月(いちさくぼうづき)と呼ぶ。一朔望月は一定ではないが、平均すると29・530589日、ほば29日半となる。そこで陰暦では一か月を大(30日)、小(29日)に分けて調整することになる(つまり1ヶ月は大の月にあたる30日か、小の月にあたる29日しかなかった訳です。通常、古文書では月の最後の日は一般に「晦日」としか書いてなくて、それが30日目か29日目かは確認しないとわかりません。いずれにしろ、その1年の終わりの晦日が「大晦日」ですね)。しかし単純に大・小…と並べたのでは実際の月のみちかけにあわなくなってしまうので、毎年のように大小の配列がかわった。たとえば天保2年(1831)などのように「小大小小小大小大小大大大」と、小の月が3回、大の月が3回続いたりすることもあった。仮に大小月各6回を組み合わせて1年としてみると354日となり、地球が太陽を一周するのに要する365・2422日(一太陽年)に11日ほど足りない計算となる。そこでこの不足分の11日がある程度たまったところで、ひと月分を増やし、1年を13か月とすることで調整した。こうして増やした月を閏月といった。平均すると32、3か月に1度の閏月がおかれる計算となるが、この追加の1か月が1年のどこに入るかは季節とのズレを調整して決めた(そのずれを決めるの役職があったのです)。

ちなみに最後の閏月は、1870年(明治3年)で10月が閏月でした。そして、今からちょうど150年前の1862年(文久2年)は8月が閏月で、1年は、1月、2月、3月、4月、5月、6月、7月、8月、閏8月、9月、10月、11月、12月の13か月だったのでした。このように暦が違えば、例えば、人口史料なんかを用いて月ごとの死亡率のことを調べたい!なんて思ったら、正確なデータをとるために、日にちをすべて太陽暦(グレゴリウス暦)に変えてデータをとらなければならないからたいへんなんですよ。

暦(カレンダー)は生活していくことの基本ですから重要なんですが、それにも国や地域、その歴史によって違いがあるもんで、当然、それは世界観や宇宙観にもかかわる問題です。娘は理工系の学部ですから、こうした天文学などの知識と日本の文化、歴史とを重ねて話をすればおもしろいと思うのですが、そう考えるのは実は私だけだったりして…。しかも、もしやるんだったら、この話を英語でプレゼンするのか…。英語が極度に苦手の私にはまぁ〜考えられないことですf(^ー^; とりあえず、いくつかの資料やデータを添付ファイルにしてメールで送ってみました。改めて便利な世の中になったものです。それにしても、閏日の分だけ1日分、私はやっぱり得したのでしょうか?

馬場弘臣 のプロフィール写真
カテゴリー: 日々徒然, 歴史コラム パーマリンク

【徒然】リハビリから始めるStanding Work &閏月 への1件のフィードバック

  1. ピンバック: 【徒然】大山は快晴なり | Professor's Tweet.NET

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*