【徒然】勘三郎さんと末摘花・狐狸狐狸ばなし・仇ゆめ


ちょうど朝の支度をしている時間でした。12月5日、突然飛び込んできた中村勘三郎さん死去のニュースには本当に驚かされました。もうそれから10日以上が経ちます。もう少し早く書きたかったのですが、この13日に本学で教育史、教育学の大家で東京大学・桜美林大学名誉教授である寺﨑昌男先生の講演があって、私もその前座で学園史資料センターの資料目録Web検索システムについてちょっとした紹介をしなければならなかったもんですから、そんなこんなの準備で忙殺されておりました。なにせこのblogを書くのにはいろいろ確認したり調べてたりして、結構、骨が折れるのです。ま、それは自分の勝手ですが…(^_^;)あ、この資料目録Web検索システムについてはまた日を改めて紹介しようと思っています。

57歳ですか…。あまりにも早かったですね。「勘九郎」としてはもう確固たる地位を占めていましたが、18代目勘三郎としてはまだまだこれから。そうこれから17代目の父という巨大な山に挑戦し始めたばかりでした。もちろん、本人は意識していてもことさらそんなことを口にするのでもなく、もう新たな勘三郎として活動していたと思いますが、歴史的に見てみれば、やはり17代目というのは巨大な存在だったのです。先代を超えていく。それが伝統文化に課せられたさだめでもあります。

私自身はそんなに歌舞伎を観たことはなかったのですが、興味を持って頻繁に観るようになったのは、劇作家北條秀司先生の資料にかかわったからでした。詳しくはこのサイトの「近代文化研究」のコーナーを見ていただくことにして、劇作家にせよ小説家にせよ、功成り名をあげると、結構みなさん歌舞伎に脚本を提供するようになります。江戸時代の歌舞伎の脚本に対して、明治以降に新たに書かれた歌舞伎を「新歌舞伎」といい、とくに戦後については「新作歌舞伎」と呼んで区別することもあります。この区分でいきますと、新歌舞伎の作者として坪内逍遥、岡本綺堂、谷崎潤一郎、長谷川伸、菊池寛、新作歌舞伎の作者としては大佛次郎、舟橋聖一、三島由紀夫などがいます。本当にそうそうたるメンバーです。

北條先生は新作歌舞伎の作者ということになりますが、とくに源氏物語を題材にした作品が多く、いずれも現代の言葉を使った平易な表現に徹していることが一つの大きな特徴になっています。これらの一連の作品は「北條源氏」と呼ばれて高い評価を受けているのです。先生の作品は演じさせたい俳優にあてて作品を書いたといわれていて、17代目の勘三郎には「浮舟」に「末摘花」などの脚本を提供しています。18代目勘三郎さんが勘九郎だった時代、初めて観たのが「末摘花」でした。2001年のことで、その前年から北條資料の整理を始めたのでした。醜女の末摘花が一夜限りの関係を結んだ光源氏を待ち続ける物語です。末摘花の悲哀が心にしみる作品ですが、この時、光源氏を演じた坂東玉三郎さんの立ち姿が美しくて、いや〜目を見張りましたね。それから化野(あだしの)の狸が遊女に恋をする物語「仇ゆめ」に、江戸時代を舞台に夫婦の化かし合いをおもしろおかしく描いて、その物語展開が粋な「狐狸狐狸(こりこり)ばなし」を観ています。「狐狸狐狸ばなし」は森繁久弥さんと山田五十鈴さんあてに書かれていますので、そもそもが歌舞伎の脚本ではないのですが、歌舞伎で演じられることも多く、また、今でも歌舞伎以外でもちょくちょく上演されています。とにかくおもしろい作品で、一見の価値はもう十分あります。また、本来は舞踊劇で西川鯉三郎さんに提供した「仇ゆめ」は、うちのかみさんが大好きな作品で、最後、正体がばれて打擲(ちょうちゃく)されたあげく息も絶え絶えとなっていく狸が「仇ゆめの〜、仇ゆめの〜」というお囃子で舞う姿は何とも美しいのです。おもうしろうて、やがて哀しき物語がやはり心にしみます。何より何より残念なのは、歌舞伎界で勘三郎さんほどに「仇ゆめ」を舞うことができる人はいないだろうということです。素人目ではありますが、やはり勘三郎さんの踊りはすばらしかったと思いますし、それだけに勘三郎さんの「仇ゆめ」がもう観られないと思うと残念で残念でなりません。

あまりマスコミでは話題にはなりませんでしたが、新作歌舞伎としての「狐狸狐狸ばなし」に「仇ゆめ」は、歌舞伎が初めてという人にも文句なく薦めることのできる作品です。そうできれば18代目勘三郎さんの舞台で観ていただきたかった北條歌舞伎(この言葉は造語です)でした。

そして私が観たこの3つの作品はすべて先代の勘三郎も演じています。「末摘花」の初演は1955(昭和30)年でした。父の背中の追いかけ方はさまざまです。自分にも照らし合わせてそんなことも考えさせられました。

馬場弘臣 のプロフィール写真
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【徒然】勘三郎さんと末摘花・狐狸狐狸ばなし・仇ゆめ への2件のフィードバック

  1. 西川右近 のコメント:

    今日はじめてブログを拝見しました。西川鯉三郎の息子の右近です。若い時に私も仇ゆめは松緑先生の郭の亭主について、若いもので出演しておりしたので、いまだに十七世勘三郎先生の声が聞こえてくる気がします。
    越路太夫の仇ゆめの〜というところはなんとも言えぬ淋しく、悲しい唄声でした。
    長谷川一夫先生が色男なので勘三郎先生が踊を指導するという所は、いつもメタメタにやっつけて楽しんでおられた事が思い出されます。
    若いものに蹴られて必死に帰ってくる勘三郎先生を、父の鯉三郎が暖かく迎える所などは、本当に中の良い友だちのならではの感がありました。
    初演の時の大道具が動くときには舞台に大掛かりな鉄骨を組んで、背景が動くさまが素晴らしかったと思います。
    いつも北條先生のお宅に伺うと大勢の学生さんたちが必死になって先生の原稿を整理されていたのも目に有ります。
    北条先生は父鯉三郎に書き下ろされた「花影妙」をご覧になって偉く気に入られて、一日通しの舞踊劇に描き上げられたものが、父の死後に倉庫から出てきました。
    此の脚本も、いつか陽の目を見せたいと思っています。
    草稿なりに送られてきておりますので、何処にも無いと思われます。
    2002年に私が編纂した、日本舞踊、舞踊劇選集にその経緯も書いて載せてあります。全国の国公立図書館に4500冊 収めました。
    仇ゆめは勘九郎君でまた上演されます。5月14日千葉県文化会館が始まりです。
    15日が東京の文京シビックホールです。  右近

    • 馬場弘臣 のプロフィール写真 馬場弘臣 のコメント:

      西川 右近先生

      東海大学の馬場です。すっかりご無沙汰しております。その節はいろいろとお話しをいただき、ありがとうございました。また、この度は思いもかけず、ブログを見ていただいたということで、ご連絡をいただきまして、もうびっくりしております。「仇ゆめ」は私も女房も大好きな演目で、亡き勘三郎さんの「仇ゆめ」は何度か拝見したのですが、お父様の、いや西川流の仇ゆめもぜひ拝見したいと思っております。勘九郎さんと七之助さんの公演は、東京公演を拝見する予定です。
      美智留さんも元気でいらっしゃいますが、なかなか北條家の資料の整理が進まなくて、申し訳なく思っております。それでもいろいろな機会で展示会を開催したり、研究発表みたいなものをやらせていただいては、少しずつですが知っていただく機会を設けております。ただ、これも最近はなかなかできないのが現状です。でも、何とか頑張っていきたいと思います。
      「花影妙」はいつぞや北條先生の資料の中で鯉三郎先生のポスターを拝見しました。いつかぜひ上演していただければと切に思います。
      また、お目にかかる機会があればいろいろとお話しをお聞かせいただければと存じます。よろしくお願い申し上げます。

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