【徒然】かへらぬ恋の はかなきは…


以前このblogで18代目中村勘三郎さんのことについて書きました。12月27日には築地本願寺で本葬が行われたそうで、改めてその死が悼まれます。この前は勘三郎さんが歌舞伎劇として演じた北條秀司作品についての話でした。仇ゆめ、狐狸狐狸ばなしに末摘花の話でしたね。何でも美智留さん(北條先生の娘さんです)のお話しでは、勘三郎さんは北條先生の代表作である王将の阪田三吉を演じたかったとおっしゃっていたとか…。藤田まことさんも阪田三吉をやりたいおっしゃっていたと聞いていますし、緒形拳さんは「王将」をやりたいと確かにおっしゃっていました。そもそも緒形さんが俳優の道に入られたのも、新国劇の辰巳柳太郎演じる王将の阪田三吉に憧れてのことだということでした。それほどまでに北條秀司の書いた王将は、描いた阪田三吉は名優達の心をとらえて離さないということでしょう。考えてみれば、現在の私たちが抱く阪田三吉像は、北條先生の「王将」の影響が限りなく大きいのでした。

北條先生の資料は現在、東海大学の付属図書館が「北條秀司文庫」として預かっています。これからは北條文庫と略称しましょう。北條文庫の中には、特徴ある資料の一つとして、作家や歌人、俳人、俳優、画家、書家などのたくさんの書画があります。いずれも大正から昭和を代表する方々です。詳しくはこのサイトの近代文化研究を見ていただくことにして、何がすごいって、これらの書画は先生がコレクションとして買い求めたのではなく、劇作家としてはもとより、箱根登山鉄道に勤めていたという前歴によって集まったものだったのです。本当に多士済々です。

今からもう6年前になりますね。2007年に新宿紀伊國屋書店の画廊で、これらの書画を一堂に会した展示会「書画展 北條秀司をめぐる人びと」を開催しました。その際に『書画集 北條秀司をめぐる人びと』という図録も作成しました。こんな表紙の図録です。

北條先生も書をよくされていますので、先生の書をはじめとして、代表的な書画を載せています。こんな感じです。

全67ページで約80点の書画が収録されています。1点1点の書画に関する注はもちろんのこと、詳しい解説や人物の紹介もついています。執筆者は、北條秀司研究の第一人者である千田聡君です。北條文庫の資料整理には2000年の最初から今に至るまで1番に関わってくれて、本当によく勉強しています。また、詳しくは後で紹介することにして、このシリーズではこれらの書画の中からとくに心に残ったものを少しずつ紹介したいと思っています。なお、『書画集 北條秀司をめぐる人びと』はただいまも1,000円で絶賛発売中ですので、興味のある方はぜひご連絡ください。

早速ですが、この書の作者は、詩人や童謡作家として有名な西條八十(1892〜1970)です。昭和14年(1939)まで箱根登山鉄道に勤めていた北條先生は、当時、同鉄道とその関連会社が経営していた強羅ホテルや一福旅館、観光旅館、ヒュッテ観光の営業や開業にも関わっていて、そうした関係から西條と知り合ったとのことです。ちなみに村田英雄さんが歌ってヒットした「王将」の作詞者も西條八十でしたね。

 

ながれの芦もねむりたり 遠き都の灯も消えぬおもふをやめていざわれも 白きふしどにねむるべしかへらぬ恋の はかなきは ながれの芦の音のごとく遠き都の灯のごとし八十

そもそもは大正12年(1923)に刊行された詩集『哀唱・抒情小曲集』に収録されている「夜ふけてうたへる」と題する詩だそうです。

夜が更けて、水の流れに身を任せる芦も眠りにつき、遠くに見える都のともし火もゆっくりと消えてゆく。だから私ももう思い悩むことはやめにして、寝床に入ろう。と、ここですべての動きは止まって、ただ静寂だけが漂います。本当に閑かな閑かな夜の訪れです。

ところが、ここで突然、閑かな眠りが醒まされます。「かへらぬ恋」への想い…そう、とどめたはずの想いですね。その「かへらぬ恋の はかなき」は、流れる芦の音(ね)のようでもあり、遠い都のともし火のようでもある…と、すべてが清寂の中に包まれたはずの先の風景へと返されていきます。止まったはずの芦の音や遠い都の灯りが閑かに、いや、それはざわざわとした感じと言った方がいいのかもしれません。ざわざわっ…と再び動き始めるのです。その返し方が見事です。それは胸の中のざわつく想いと見事に反響し合っていて、何とも言えないような余韻を残します。前半の清寂と後半のこのざわざわとした感じの対比がたまりません。と、これはあくまでも私の私的な感想ですが…。

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