〔史料整理01〕伊豆国田方郡土手和田村文書


2月18日の月曜日から今年も史料管理学演習の授業が始まりました。既報の通り、今年は伊豆国田方郡土手和田村文書の史料整理を中心にした演習です。いや、ほぼこれOnlyです。土手和田村は現在の静岡県伊豆の国市韮山土手和田にあたります。伊豆箱根鉄道駿豆線の韮山駅のすぐそばで、源頼朝が流された伊豆の蛭が小島はこのあたりだとも言われています。江戸時代の中期以降は、韮山に代官所を構える地付きの幕府代官江川氏の支配所にあたります。ここで「支配所」というのは、幕府代官が管轄する幕領(幕府領、天領)のことを言います。ちなみに藩の領地は「領分」、1万石以下の旗本の領地は「知行所」といって区分します。小田原藩であれば大名の名前と冠して「大久保加賀守領分」、旗本の場合は「天野弥十郎知行所」などと文書上では区分されるわけです。

さて、この土手和田村文書は、このblogでも何度も紹介しました栃木県安蘇郡閑馬村文書(現・佐野市)と同様にYahoo!のインターネットオークションで落札したものでした。ちょっと確認してみましたら、土手和田村文書を落札したのは、2005年の4月24日で、落札額は9万6,600円でした。土手和田村文書は下の写真にもありますように、小さな長持に細長い木箱、柳行李の3箱からなります。かなりお得だと思いますよ。ちなみに閑馬村文書は、2003年9月27に落札していて、落札額は6,950円でした。これもすでに何度もお話ししたとおり、明治初年の閑馬小学校に関する貴重な史料が多く含まれていたことを考えれば超お得でしたね。当時はまだ古文書に関するオークションがそう多くなくて、比較的安くまとまった古文書を手に入れることができました。こうやってまとまって出品してくれると史料が散逸しなくて、将来に史料を残していく意味でも非常にありがたいです。オークションでは1点1点をバラで出品する方も多いのですが、それは確かにコレクション的な希望もあり、商売でもあるのでしょうが、史料保存の立場からすれば残念と言うより哀しくなりますね。

史料管理学演習は今日が5日目で、今年のウィンターセッションとしては最後です。史料整理の詳しい様子についてはまたアップします。ここでは2005年当時、うちに送られてきた土手和田村文書の画像を公開しますね。

 

馬場弘臣 のプロフィール写真
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