【徒然】カンパニュラに恋して…


5月も今日で終わりです。それにしても私とっては長い長いひと月でした。エゴノキもいつも間に過すっかり青葉に変わったと思っていたら、その元でカンパニュラが密かに、でもしっかりと咲き誇っていました。メイホワイトとありますが、薄紫と白い花です。Campanulaはラテン語の釣り鐘に由来するとか。日本名は風鈴草(ふうりんそう)。別に釣り鐘草とも呼ぶそうですが、これは園芸上での呼び名だそうです。英語名はBell Flower。でも、英語名でBell Flowerは10種類以上もあるそうです。カンパニュラ自体も種類が多くて、日本名の種類だけでも、モモバギキョウ、ホタルブクロ、オトメギキョウ、ヤツシロソウなどなど。もちろん、花の形もそれぞれ違います。ではうちのカンパニュラはというと…、よくわかりません(^_^;)カンパニュラの一種であるということ以外は…。

本日のタイトルはパクリです。もう3年前の暮れになります。名優緒形拳さんの遺作となったフジテレビの「風のガーデン」。その主題歌を歌っていたのが平原綾香さんで、フレデリック・ショパンの同一の曲を英語の詩と日本語の詩で歌っていらっしゃいましたね。英語詩のほうが主題歌で「ノクターン」。日本語の方は挿入歌で、「カンパニュラの恋」でした。恥ずかしながら、カンパニュラという花の名前もその時に初めて知りました。そのカンパニュラの花言葉は、誠実、感謝。抱負、不変、貞節。思いを告げる、後悔、おしゃべり。種類の多い花だけあって花言葉も多彩です。

思い起こしてみれば不思議な縁です。北條秀司という、これまた恥ずかしながら名前もよく存じ上げないで、「王将」の作家と聞いて、ああと思った程度の知識しか持ち合わせていませんでしたが、ひょんなことからこの稀代の劇作家の資料を整理することになったことがそもそものきっかけでした。この辺のいきさつは「演劇アーカイブズの可能性―劇作家北條秀司資料について―」で書いておりますし、本ホームページでも「近代文化研究」で紹介していますので、よかったらご覧下さい。

緒形さんが俳優の出発点として新国劇に入られたのは、北條先生の口利きで、その北條先生に緒形さんを紹介したのが、娘の美智留さん。美智留さんのお話によると、まだ劇団員として食べていけなかった頃は、北條邸に居候していて、そこにある北條先生の蔵書を片っ端から読んで勉強されたとか。北條邸には現在、2万点近くの本があります。いろんな意味で俳優としての出発点だったのですね。

その美智留さん、緒形さんのことを「アツオ」「アツオ」と呼んでいらっしゃいましたので、はじめは誰のことだかまったくわかりませんでした。「アツオ」というのは、実は美智留さんと同じ劇団にいた、緒形さんの実のお兄さんの「篤男」さんのことで、若くしてお亡くなりになったのでした。それでまぁ、やっぱりなぜだかよくはわからないのですが、美智留さんはずっと「アツオ」と呼んでいらっしゃいましたし、緒形さん自身も「アツオ」のままでした。

北條先生は、ずっと「アツオ」が本名だと思っていらっしゃったらしく、緒形さんの仲人をなさったときに、そのまま「アツオ」と紹介されたそうで、後から実のところを聞いて美智留さん、こっぴどく怒られたと笑って話してくださいました。

それにしてもです。「アツオ」が緒形拳さんと知ったときにはそれはそれはもうびっくりしました。今でも北條邸に通っては、資料の整理を続けている教え子の千田君から聞かされたときは…、それこそ目の玉が飛び出るほど驚いたものでした。それが原因で目を悪くしたわけではないですが(^^;)

4月17日のブログで、劇団若獅子のお芝居を観劇にいった話を書いた際に、小さいときからチャンバラが好きだったと言いました。よく祖父に、木を削りだした木刀を作ってもらっては、腰に差して喜んだものでした。そんな私が一番はじめにテレビで観た時代劇として覚えているのが、緒形さん主演のNHK大河ドラマ「太閤記」だったのです。とくに最後のシーン。蒲団に横たわって息を引き取る秀吉をパーンして遠ざかっていく場面など、鮮明に覚えています。ですから私のとって、時代劇=緒形拳から始まったのでした。後に緒形さんにもこの話をしましたが、この時、私は小学校1年生。いやはやませたガキというか、曲がりなりにもこうやってこの世界で生きているわけですから、三つ子の魂百まで、ですね。

北條先生、美智留さん、緒形さん…、こうした出会いはまさに私にとって大きな大きな転機でした。もちろん、今まで触れたこともなかった世界に出会えたこと自体がそうなのですが、学問的にもやはり大きな転機だったのです。北條家とのつながりは、2000年にさかのぼりますが、その前年から私は東海大学の資料室(現学園史資料センター)に勤務するようになって、本格的に近現代の資料整理に取り組み始めたばかりでした。私自身は江戸時代の古文書が専門ですから、明治以降の資料整理はあくまでもその流れとして調査し、整理していたに過ぎませんでした。ところがそれからは、近現代のそれも大学史という分野の資料を扱うことになったのです。一見、資料整理であれば同じだろうと思われるかも知れませんが、扱う時代やジャンルが違えば大きく異なります。はっきり言わせてもらえば、古文書が読めさえすれば、江戸時代の古文書の方が整理にしても目録作成にしても楽です。近現代の「資料」の多様性と量は、それこそ場合によっては収拾がつかないほどです。私にしてみればそれは、新たな挑戦のようなものでした。

それがここに来て、今度は近現代の演劇関係の資料です。これこそまったく新しい分野でした。でも、振り返ってみて、これもまたとてもても興味深い資料群でした。いろんな意味で新たな可能性を開かせてくれました。もちろん、当時手伝ってくれた大学院生や学部生がいてこそのことでしたが…。

おっと、カンパニュラの話からずいぶんと話が飛んでしまいました。ここら辺の資料整理については、さらにまたまとめてみたいと考えています。資料整理の専門家をアーキビストと言いますが、一つだけその定義をあげるとしたら、こうしたさまざまな資料に適応できるだけの総合的なマネジメント力こそ重要なのでしょう。その意味では私はまだまだです。

そうそう庭にはまだ他にも花が咲いています。この丸い花は何でしょう。ちょっと画像をクリックしてみてください。右の画像には蜂さんも止まっていますよ。見たことがあるのですが…。

やっぱり私には花は縁遠いようです^^;

と、思っていたら、美智留さんから「復帰祝い」のお花が届きました。本当にありがたいことです。せっかくですから、玄関に、緒形さんのはがき(印刷ですが)と一緒に飾ってみました。

「風のガーデン」、ぜひ行ってみたいものですね。その前に、北條邸です。とっても素敵な庭があって、これからがいい季節です。

月が変わります。焦らず、無理せず、頑張りたいものです。

馬場弘臣 のプロフィール写真
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【徒然】カンパニュラに恋して… への3件のフィードバック

  1. マダム=ローズ のコメント:

    無事に退院なさってよかったです。もう、講義も行われているのですね。何よりです。ところで、カンパニュラに恋・・・ですか。ブログを拝見していると、漢字や歴史には熱く、普段の『先生』からは想像もつかない位のう~ん、執拗な(失礼!)想いが伝わってきます。そこに・・・『恋』ですから、もしかしたら、私の知り合いの『先生』とは別人?なんて勘ぐったりしています。『風のガーデン』の最終回は、おひとりで、しかも偶然に札幌でしたね。そのあと、すすきの行ったんですよね?あっ!!行かなかったのでしたっけ?・・・え~と、釣り鐘草は、横溝正史氏の作品に登場してきたような記憶が・・・。間違っていたらすみません。でも、洋名でカンパニュラ、と聞くと、ショパンとか、ノクターンとか、思わず、『恋』して・・ていう表現もキザじゃなくなるような気がしますね。「漢字」や「合字」も素人には、そんな、イメージから入っていくとわかりやすいんです。美大出身の私には、たぶん、「奇麗」の感覚が、太いとか細いとか、空白部分の面積とか、そんなデザイン性で見てしまうところが大きいのです。でも、『先生』の示した「合字」がすごく奇麗で、感激しました。江戸時代の古文書は、結構、内容が俗っぽいものもあって、個人的なんですが、「釣り鐘草」みたいなイメージです。横溝正史氏の小説のような感じです。でも、『恋』物は、やはり、いつの時代でもカンパニュラって感じで、あってほしいと思うのです。学者さんとしては、本物を表現したいという想いが強い・・・それ、当然です。ただ、ズブの素人が生意気にも思うのは、あの、美しい「合字」でもって、カンパニュラのような「恋もの」をひも解いてみたいなと、思いました。
     あまり、無理をせずに、お仕事頑張ってくださいね。今度、めずらしいマスク御顔を拝見したいと思っています。(笑)退院、本当におめでとうございます。

    • 馬場弘臣 のプロフィール写真 馬場弘臣 のコメント:

      こんにちは。マダムローズ様、コメントありがとうございます。実質上、初めてのコメントをいただきました。
      はい、「風のガーデン」の最終回は札幌にいまして、その後すすきのに行って…、って行ってないですよ(>_<)でも、そこまで知っているとは…、あなたは…。
      最終回を札幌で見た話も書こうかと思ったのですが、長くなるのでやめました。びっくりしましたよ。その前まで大通公園でクリスマスイルミネーションを見ていたと思っていたら、テレビに同じ場所が映るんですもの。しかも当日は冷たい雨。あの時期に雪ではなく、雨が降るのも珍しいと言われていましたので、そのこと自体も深い想い出だったのですが…。

      確かに今回はタイトルからしてちょっと変わっていたかも知れませんね。一応、研究サイトなので、研究の成果やそこで考えたことなんかを書くようにしているのですが、ブログとして、というよりちょっとしたメールマガジン的なことも考えて、いろんな可能性を探ってみたいと思っています。たまにはちょっと砕けた話をしながら、その中に歴史的な視点を織り交ぜたりとか。入院の話も、もし、同じ病の方がいたら、こんなことがあるよという情報にもなればと思って、ちょっと詳しくデータ的に書いてみたりとか、その分ちょっと砕けた表現にしてみるとか、いろいろとお試し中です。
      でも、今回は確かにちょっとしたラブレターのつもりで書きました。鋭いですね。
      「電子書籍時代の史料翻刻」は、これからやりたいことを少しずつまとめているのですが、同時に「史料学研究」の基礎的な問題を考えている部分でもあります。ここのテーマをこれから充実させていかなければなりませんからね。とりあえず、今、考えていることを考えているままに綴っていますが(実際は思い出話の方が多い。確かに…^_^;)、最終的にまとめていけたらと思っています。

      まだまだボチボチですが、末永く、よろしくお願いします。

  2. ピンバック: 【徒然】道すがらに紫陽花のたより | Professor's Tweet.NET

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