【徒然】集団登校に雪の降りしきる…。


2016年11月25日の木曜日。この日はある意味、歴史的な日になりました。64年ぶりに11月に雪が降り、観測史上、初めて11月に積雪があったとのことです。ここで観測史上とは、気象観測が始まった年ということで、1876(明治9)年以降初めてということです。もっとも、気象観測が始まるのは、地方によって違いますから、1876年というのは、その中で最も早い所、すなわち東京の…ということになります。それにしても、だから、寒かったですねぇ。朝、ゴミを出しに行くと、集団登校の小学生たちにかなり早めの雪が降りしきっていました。

img_5115差したる傘も雨とは異なりぬ…という感じでしょうか。それはそれで、何だかほほえましい風景ですね。厚木では、とくに我が家の周りは高台ですから、結構、積もりましたね。

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これはまだ、積もる前の写真です。この後、車の屋根には、3~4cmほど積もったようです。

そして今日は、ユニコムプラザさがみはらで開催していた古文書講座「古文書で辿る江戸時代の歴史2」の最終日でした。またまたおなじみの、元禄16年(1703)の小田原大地震と、宝永4年(1707)の富士山噴火に関する古文書を読んで、被害の大きさを実感します。そこにある史実をひもときながら、歴史の森に分け入っていく。古文書を読む面白さ、そして歴史のダイナミズムです。

で、これはよく話すのですが、雪は例え3m積もったっていつかは溶ける。だけど、砂は例え10cmでも溶けることはないんだと…。もっとも、これは南足柄市郷土資料館に勤めている、南足柄市編纂事業の頃からの友人である飯岡さんからの受け売りですが…(^_^;)でも、こうやって実際に雪が降って積もると、実感させられます。

積もった砂(火山灰)が多ければ多いほど、処理に困ります。これには天地返しという方法が使われたといわれています。要は、溝を深く掘って砂を埋めるのですが、埋めた上には土を盛ります。その土は、隣にやはり溝を掘ってかけていきます。その繰り返しです。そうすると、その後はこんな感じになります。

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これは6月に訪ねた秦野市横野の山王原遺跡の発掘跡です。先にも紹介しましたが、黒い砂の跡がしっかりと刻まれていますね。2枚目の写真は、地層を表したものです。弥生時代の上には直接、江戸時代の地層が来て、奈良時代、平安時代、鎌倉、南北朝、室町、戦国と、古代から中世の地層がすっかり抜けております。だから、ここが天地返しをした跡なのですね。史跡は雄弁です。

時ならぬ11月の雪は、地球温暖化の影響だとか…。自然は不思議です。でも、何だかわかるような気がします。江戸時代の第3間氷期にあたる1780(安永9)年~1880(明治13)の中でも、文化・文政期は(1804~1830)は、夏は酷暑だけれど、冬は厳冬だったといわれています。もちろん、この時代とは地球環境は大きく変わっています。だからこそ、歴史気候学的なことももっと調べてみたいと思っています。

これは、22日に撮影した東京学芸大学の銀杏です。東京の銀杏はすっかり色付いていて、銀杏のじゅうたんがまぶしいほどです。こんな季節の移ろいをずっと守っていきたいものです。

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