京都タワービル改築論争?!


偶然ですが、HORIEMON.COMのニュースキュレーションをみていたら、News Picsのサイトに「京都タワービル、一新へ 訪日客増、駅と街の「参道」に」という記事が出ていました。堀江さん自体は「京都にタワーはいらない」というスタンスのようですが、この事業にも、京都タワーそのものにもさまざまな意見があって面白いですね。京都タワーは1964年、東京オリンピックの時にオープンしていますが、その当時、それこそすさまじい景観論争が巻き起こったことは、今ではすっかり、過去の話になってしまいました。今では肯定派の方が多いそうです。でも、やはり堀江さんのように、反対の立場を取る人もいて、そうした意見もまた、貴重だと思います。ただ中には「京都タワーには物語がないのである」とひと言で、わかったようなコメントがありましたので、ちょっと、以下のような文章を投稿してみました。

京都タワーの構造設計をしたのが、京都大工学部の棚橋諒教授という話は【関西の議論】に出ていますが、設計したのは、元逓信省の設計士で、東海大学の創立メンバーのひとりでもあった山田守教授です。ここが郵便局の跡地というのもそうした関係があります。建築する際の景観論争のすさまじさはまさに歴史的です。ちなみに山田は近代建築の一派、分離派建築会のメンバーでもあります。近代建築が専門で、東海大学の設計も彼がやっていて、やはり近代的?!な建造物に溢れています。東海大学湘南キャンパスの3号館は、10階建ての建物で、日本で初めての円形エレベータと螺旋状の通路があって、その頂上には京都タワーと同じ塔を建てる予定でした。残念ながら実現しておりませんが、そのかわり東海大学熊本キャンパスで実現されています。このタワーへの思い入れは、山田にとって相当なものだったようです。現在、東海大学では5号館で、京都タワーを載せる予定だった3号館の石膏模型が展示されています。なお、山田は日本武道館の設計も手がけています。近代建築のパイオニアであった山田が、こうした伝統的な建造物を手がけること自体興味深いです。また、京都タワーは円形部分だけで支えている構造で、棚橋教授の構造設計もすごいなと思います。
周辺情報ですが、物語がないのではなくて、知らないだけ、伝えられていないだけなのですね。歴史の貧困を感じます。

「物語」はその建造物と、それぞれの個人の中にあるのではないかと思います。そこに「面白い話がない」ということで「物語がない」というのなら、それこそ歴史の貧困だと思います。どれだけ探ってみたのですか?と。それを観光業界の方がいうとなると、ますます日本の観光業って、やはり欧米の「観光学」を核にした「sight-seeing.」とは違うのかなぁと思ってしまいます。まぁ~本学にかかわる事でもあるので、ちょっと投稿させてもらった次第ですね。ついでですから、ここに出てくる京都タワーが乗った、湘南キャンパス3号館の設計模型を載せておきますね。以前にも少し紹介しましたが、学園史資料センターの展示会「先駆けであること」で展示しています。

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いかがでしょう?立派に京都タワーでしょう。ついでにこの展示の解説も載せておきましょう。気持ちが伝わってきます。

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別に自慢しているわけではありません。だって、そんなにかっこいいとは私自身も思っているわけではないですから(^_^;)それにしても、当時は、屋上を駐車場に使用としたとか、斬新すぎます。螺旋を上り下りするわけですからね。現在では、この螺旋部分はすべて柵で覆われています。高いビルですからね。

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馬場弘臣 のプロフィール写真
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