【徒然】断髪式


12月20日の火曜日は、卒業論文の提出日でした。おかげさまで5人のゼミ生たちは、前日までに無事に提出しました。ですので、宣言通り、ようやく伸びた髪を切ることができました。朝1番で、行きつけの美容院、相武台前のグリフィンヘアーで切ってもらいました。

img_5487こちらのお店は、ご主人へやさんは、厚木でお勤めの時から家族全員でお世話になっています。へやさんて、冗談みたいですが、本当です!で…

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こんな髪を…

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ここまで切っていただきました。断髪式終了!です!!さっぱりしましたぁ。白髪もいくらか隠せますしね。

昨日は、11月の末に投稿した論文「元禄大地震と宝永富士山噴火 その2」の査読が終わって戻ってきました。査読というのは、いわゆる論文の審査のことで、内容を読んでもらって、専門誌に載せることが適当かどうかを判断します。たいがいそのままでよいということはなくて、掲載可であったとしても修正意見や誤字脱字についての指摘がつきます。まぁ~慌てて書いているといっても、誤字脱字、それに誤変換の指摘にはお恥ずかしいというしかありません(^_^;)修正意見については、これもたいがいご指摘の通りということが多いので、修正していきますが、中には見解の違いということもあって、これがやっかいです。私も査読者になったり、あるいは編集担当となって査読を依頼することありましたので、内情はだいたいわかります。

日本史の論文というのは、単独で執筆するのが当然となっています。連名が当たり前の理系の論文はもとより、社会学や心理学といった社会科学の論文でも連名が多いですね。だから、そうそう本数が稼げるものではありません。また、枚数も原稿用紙で50枚以上が当たり前の文系の論文と違って、理系の論文は、課題設定と実験結果と結論を述べるだけですので、枚数も少なくなります。だけと言ったら失礼ですが、自然科学の場合は同じ手続きで同じ実験をすれば同じ結果が出るということを証明できることが重要です。日本史の論文はそういうわけにはいきません。なにせ、実験はもちろんのこと、史実を証明すること自体、歴史の事象を復元すること自体が困難ですからね。その上で、その事象の意義や位置づけを明確にしなければなりません。だから、文献史学では文字資料が基本になります。最近では図像資料や史跡なども題材として使われますが、まずは文字で書かれたものの解釈が大事ですね。ただ、私は数字が好きなので、結構、図表が多くなります。

さて、まずは私の論文を手直ししなければ…。年末年始のお仕事一丁ですね。年の瀬もおしせまって参りました。まだ、今年のblogを終わらせる気はありませんので、もう少々お付き合いください。

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