津々浦々 百千舟 横浜市歴史博物館


2月になりました。まだまだ期末採点地獄からは抜け出していません(^_^;)何とかここ数日で片付けたいものです。ただ、今日は、横浜市歴史博物館で相武地域史研究会の研究会です。相武地域史研究会については、2013年の10月に第2回シンポジウムの告知をした際に紹介しましたので、こちらをご覧ください。簡単に言いますと、東海大学文学部歴史学科日本史専攻が中心となり、神奈川県内の博物館や資料館などの歴史系機関を複合的にネットワークで結んでいきながら、新たな地域像、歴史像を提起していこうという研究会です。「相武」は、今の神奈川県を構成する相模国8郡と武蔵国3郡(都築郡・橘樹郡・久良岐郡)の略です。

さて、この横浜市歴史博物館では、現在、「津々浦々百千舟 江戸時代横浜の海運」という特別展をやっています。これも詳しくは同館のホームページをご覧いただければと思います。

IMG_5735横浜と言っても、この場合は「神奈川湊」が中心になります。神奈川湊は宿場町の東海道神奈川宿と湊の複合的な「町」です。知多半島の内海廻船と深い繋がりがあったことは以前から明らかにされていましたが、今回は、東北地方の湊から蝦夷地までを含む東廻り航路との商いや、赤穂の塩の移入、江戸川舟運との関係、横浜が開港した後の群馬は前橋の絹の取り扱い等々多様な側面を描き出しています。平日ですが、結構、お客さんも来ていらっしゃいました。そうした歴史よりも模型に興味のある人が多いようです。中には構造が違う!と指摘する人もあったということです。館内はもちろん撮影禁止ですが、模型はOKですので、撮影できたものをちょっと紹介しておきます。

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これは珍しい!鎌倉時代の船の模型だそうです。丸木舟から木材を組み合わせた舟に変わっていく形態を現わしているそうで、確かに下からのぞくと船底は丸木舟のようです。で、船上には檜皮を葺いた屋根を持つ施設が建っています。帆は莚ですから風を受けるには限界があり、櫓もついています。みればみるほど興味深いです。

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こちらは発掘された丸木舟と、江戸時代の弁才天船ですね。戦国時代には、中国や朝鮮から輸入した木綿が普及して帆も莚から木綿に変わっていきます。それによって風を捉えることができるようになり、舟の大型化と高速化がはかれるようになっていきます。ほとんど無知ですが、舟の歴史もおもしろいですね。

さて(その2)、相武地域史研究会ですが、今年の10月14日の土曜日に第3回目のシンポジウムを開催する予定です。もう少し開催内容がはっきりしたらまた告知します。今回は、シンポジウムに向けた研究報告会で、神谷大介氏に「戊辰戦争下の海軍と江戸周辺地域」というタイトルで報告していただきました。そう言えば、幕府海軍がどれだけの軍鑑を持っていて、それがどのような活動をしていたのか、とくに幕末維新期には、浦賀や横須賀製鉄所も船の建造や修復、蒸気船であれば石炭の補給と重要な役割を果たしています。地域史としても重要な視点ですね。あ、神谷氏の報告がそのままシンポジウムの報告になるのではないので、あしからず…。でも本年は、大政奉還150周年、そして来年は明治維新150周年になるのですね。相武地域史研究会もまた重要な勉強の場です。

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馬場弘臣 のプロフィール写真
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