【徒然】真夏の北條邸


16日の土曜日、久しぶりに鎌倉は大船の北條邸に行ってきました。いつも5月の連休や11月の文化の日前後には必ず訪問していたのですが、今年は5月に入院してしまったために、昨年の11月以来になりますか…、本当に久しぶりです。風にそよぐ竹藪、四季に彩られる庭、そして昭和4年(1929)に建てられたという簡素なお宅、そのどれもが大好きです。真夏に訪れることはそうそうありませんでしたから、門の中の竹藪も庭の草花も緑がとても濃くて鮮やかでした。まずは門から玄関までの風景を紹介します。ちょっとクリックしてみて下さい。

本サイトの「近代文化研究」にも書いていますが、劇作家北條秀司の資料に出会ったのが西暦2000年、ミレニアムの年でした。だから、今年で11年目。何とも数えやすいですね。今回の入院では、美智留さんにはとても心配していただきましたので、その御礼を兼ね、何より元気なお顔が見たかったのですが、ついでにいくつか簡単にできる料理を美智留さんに教えてもらうことと、美智留さんの紹介で、大樹鍼灸の小野寺さんに治療をしてもらうことが目的でした。小野寺さん、わざわざベッドを抱えて、出張往診をされているのです。すごいですね。

とにかく、私は四季折々の北條家の庭が大好きです。真夏の庭は我先にと草花が生い茂っていて、その勢いに圧倒されます。それでも、真昼と夕方では、庭の表情もかなり違うものです。陽が傾いてだんだんと憂いを帯びてくる庭は、それはそれでいいものです。上の2枚が真昼、下の2枚が夕方です。水をまいているのは書生?!の千田君です。一番長く北條家に通って、北條秀司関係資料の整理を一番にやってくれた教え子です。今や北條秀司のみならず、昭和の演劇界の知識はそれはそれはすごいものがあります。詳しくは、2007年に新宿紀伊國屋画廊で開催した「書画展 劇作家北條秀司をめぐる人々」の展示図録の解説をみていただければと思います。新国劇の島田正吾・辰巳柳太郎・緒形拳や新派の井上正夫・花柳章太郎・初代水谷八重子、歌舞伎の九世市川団十郎・六世尾上菊五郎などの名優はもちろんのこと、歌人の吉井勇・西條八十・土屋文明、同じ劇作家の久保田万太郎、菊田一夫、中野実、作家の武者小路実篤・火野葦平・岸田國士、画家の井上三綱、鳥居忠雅(絵看板作家)、その他、書家でも有名な鎌倉円覚寺管長朝比奈宗源 、俳人でもある京都嵯峨野は祇王寺庵主の高岡智照等々、多彩な人物との交流が、北條先生の来歴とともに詳しく書かれています。もちろん、こうした著名な文化人たちの書画もたくさん収録されていて、見応えがありますよー!!

美智留さんには、皮付きの鰹を豪快に焼いて、トマトやキュウリやウドをこれまた豪快に上にばらまいて、レモン醤油をかけた、猟師さんたちが食べるという土佐の鰹料理や、鶏のささみを軽くゆでてわさび醤油で食べる料理などをごちそうになり、いろんな料理のレシピを書いていただきました。左側の写真は、豪快に鰹を焼く美智留さんです。許可をもらって掲載させていただきます。

右側の写真は、北條邸の床の間兼仏壇の写真です。掛け軸は、先に名前をあげました絵看板作家鳥居忠雅の絵で、もともとは絵看板であったものを軸装したものです。昭和27年(1952)に東京歌舞伎座で初演された「狐と笛吹き」という、北條先生の作品です。その下に北條先生と奥様、緒形拳さんのお位牌などが祀ってあります。

緒形拳さんといえば、北條邸からの帰りに美智留さんから、7月15日にNHKの「スタジオパークからこんにちは」に出ていたGACKTさんのトークの録画を見せていただきました。その中でGACKTさんが、緒形さんへの思いを真っ直ぐに語っていらっしゃって、思わずジーンと来てしまいました。「この人に褒めてもらいたい。心からそう思える人で、そのためにがんばれる人」みたいなことをおっしゃっていましたが、まったくその通りだと思います。紀伊國屋画廊での展示会では、無言で破顔一笑、力強い握手で褒めて下さって、すごく嬉しかったことを思い出しました。そこら辺のことについてはまたいつか、日を改めて書いてみたいと思っています。

病気なんかとっとと治して、もっともっと頑張ろう…。そんな当たり前の思いを改めて強く強く感じた一日でした。

馬場弘臣 のプロフィール写真
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