【徒然】金木犀と緒形拳さんのこと…


東海大学湘南校舎の4号館の脇には、それはそれは大きな金木犀の木があって、ふくよかな香りを一面に漂わせている。まさに今が盛りである。

この金木犀がオレンジ色に輝き、その独特の香りが漂う季節を迎えるたびに思い出すことがある。名優緒形拳さんのことである。緒形さんが亡くなった日、2008年10月5日も同じように金木犀は満面の花を咲かせ、あたり一面にその香りを漂わせていた。北條美智留さんを通じて訃報を聞いたのは、翌日の夕方のことだった。その訃報は記憶の中で金木犀の香りと繋がっていた。今日は緒形さんの3回目の命日である。

初めてお会いしたのは、7年前の初夏、広島は熊野の「筆の里工房」の前であった。なでしこジャパンが国民栄誉賞の副賞としてもらっていた化粧筆の産地で、熊野は日本一の筆の産地である。それは2004年の11月、東海大学で開催したトーク・ステージの打ち合わせのためだった。緒形さんはここで書の展示会を開いていた(「緒形拳 書展―筆にこだわる」)。筆の里工房の前で緒形さんは、にこやかにテンガロハットをかぶって待っていた。か、か、かっこいい…。ちょっとした震えが来て、体が熱くなるのを感じた。

月並みな表現だけれど、「緒形拳」に惚れてしまったのだと思う。それもとびっきりの片想いである。いや、小学校1年生の時に視たNHK大河ドラマの「太閤記」の緒形拳をずっと覚えていて、その姿は心の中に強く刷り込まれていたのだと思う。緒形さんを敬愛する、尊敬する人々の末席に連なる、そのひとりにしか過ぎなかったのだけれど、そういうこと自体がおこがましいのだけれど、たぶんその人たちと同じように、その笑顔を見せて欲しいと想っていたのだと思う。その”人たらし”と呼ばれる笑顔に、私も魅せられた、確かなひとりなのだと思う。

緒形さんからいただいた言葉で忘れられないひと言。トーク・ステージの待ち時間でのこと。

「間(ま)を怖がらなくてもいいからね」「間があいても慌てなくてもいいから」

ずばりのひと言。元来、臆病な私は、言葉に空白があることをすごく怖がっていた。さすがである。確かに見透かされていた。

もう一つの想い出。2007年6月、新宿紀伊國屋画廊で開催した「書画展 北條秀司をめぐる人びと」でのこと。帰る間際に緒形さんは、にっこりと笑って右手を差し出してくれた。あの笑顔である。初めての、そして最後になった握手だった。さすがに大きな手だった。確かに無骨だけれど、暖かい手だった。力強い手だった。舞い上がった。

「今日は来ていただいてありがとうございました。むちゃくちゃうぅれひいです」

ろれつが回らなかった。やはり言葉に間がなかったのである。

授業をやるにせよ、講演をやるにせよ、人の前に立つときには今でも、必ずこの言葉を思い出している。

「書画展 北條秀司をめぐる人々」新宿紀伊國屋画廊 2007.06

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