【徒然】2012年の初詣part.1 子之神神社と六所神社


2012年も無事に明けました。私にとってはまさに激動の2011年でしたが、おかげさまでこのサイトを開設することができましたし、なかなかコンスタントにとはいきませんでしたが、細々ながらブログも続けることができました。まぁ、ブログ執筆の間隔があくのはだいたい仕事に追われているときで、とりわけ何かを書かなければいけないときはどうしてもそちらが気になってブログの筆?!も滞りがちになります(^_^;)

それでも、本当にたまにではありますが、ご意見をいただくのは嬉しいもので、とくに2010年に刊行した『史料叢書「幕末風聞集」—東海大学付属図書館所蔵史料翻刻—』には、三重県松阪市の松浦武四郎記念館神奈川県立図書館東京大学史料編纂所などの機関をはじめ、個人の方からも何人か寄贈の依頼を受けました。とくに松浦武四郎記念館学芸員の山本命さんには、『史料叢書「幕末風聞集」』の作者を伊勢松坂と踏んでいただけに貴重な情報を寄せていただき、本当にありがたかったです。『史料叢書「幕末風聞集」』はまだ残部がありますので、寄贈をご希望の方はぜひご連絡下さい(詳しくは上のリンクへ!)

さて、昨年は私自身が予期せぬ病気を患うなど、本当にちょっとマイナスな年ですから、今年は心機一転と行きたいものです。ということで、いくらか初詣に行ってきました。

まずは、大晦日から元日に日付が変わったところで、近所の子之神神社にお詣りです。江戸時代の「村」にあたる地域にある神社は、氏神様といったり、鎮守の神様と言ったり、ちょっとさまざまです。そもそもこうした神社は、同族団の守護神である氏神様と、その地を鎮め守る鎮守様と、生まれた土地の守り神である産土神(うぶすながみ)様の三位一体であることが一般的です。それが江戸時代の「村」の神様の特徴なのですね。子之神様は「戸室村」(現厚木市)の神様で、深夜の初詣はこんな感じでした。甘酒やみかんなども振る舞われていて、けっこう、参拝者があります。

夜が明けた元日には、今年は大磯の六所神社に初詣です。「村」の神社である子之神神社とはちょっと違って、こちらは「相模国の総社(そうじゃ)」と呼ばれています。一般的に「総社」というのは、国司が神拝(しんぱい)・奉幣(ほうへい)といった行事を行なうために便利なように国内の諸神を国府近辺にまとめて祀ったものをいいます。ですから「六所」というのは、国内の主要な六つの神様を国府近辺に祀った神社ということになります。大磯のある「余綾郡(よろぎぐん―江戸時代では淘綾郡〈ゆるぎぐん〉)」は、相模国最後の国府が置かれた地であるといわれています。現在、六所神社があるのは大磯町の国府新宿(こくふしんしゅく)という地区なのですが、鎮座する土地は国府本郷(こくふほんごう)の飛び地となっています。いずれも「国府」という地名がついていて、国府新宿も国府本郷も江戸時代の村名でもあります。

いずれにしても、相模国の場合は、国府が余綾郡に移動するにともなって、柳田神社という神社(六所神社の旧称)がまず総社となり、のちに五つの神を合祀したことから六所神社となったと考えられています。五つの神様というのは、相模国一之宮の寒川神社(寒川町宮山)、二之宮の川勾神社(かわわじんじゃ、二宮町山西)、三之宮の比々多神社(ひびたじんじゃ、伊勢原市三ノ宮)、四之宮の前鳥神社(さきとりじんじゃ、平塚市四之宮)に平塚八幡宮(平塚市浅間町)を加えた五神をいいます。これら五つの神様は、5月5日に六所神社で行なわれる「国府祭(こうのまち)」という祭礼の際に、当所の「神揃山(かみそろいやま)」に神輿を揃えて集まることになっているのです(参考文献:『大磯町史』6 通史編 古代・中世・近世 2004年、『おおいその歴史 『大磯町史』11 別編ダイジェスト版 』 2009年)。

大磯町史の編纂事業では、1992年から2009年まで足かけ17年にわたって近世の執筆員をやっていました。私の自治体史経験の中でも最長記録です。それだけに思い入れもあります!私自身は、大磯宿財政の問題やその再建策(報徳仕法と小田原藩の仕法)、海防問題、幕末維新期の大磯宿と東海道の動向などを担当して、資料編や通史編を執筆しているのですが、とくに通史編は近世編でも近代編でも書いていて…、といえば聞こえはいいですが、実際には幕末から維新期の部分の執筆が間に合わなかったのです(^_^;)そんなこんなで、何だか最後はバタバタだったものですから、今一つ心残りなのですね。というのも書いていてとってもおもしろかったからで、それなりに充実した内容になっているという自負もあるのですが…。それもきっともっともっとやりたかったという、何だか忸怩(じくじ)たる想いってやつですね。

そうそう、大磯町史ではもう一つ高麗神社と高麗寺と高麗寺村についても執筆しています。こちらの方が当時としては興味があったということですね。ですから、六所神社にお詣りに行くのも実はこれが初めてのことで、もちろん(と威張れることではないですが)国府祭もみておりません。考えてみれば、寒川町史をやっていた頃には浜降祭(はまおりさい)という海に神輿を入れる神事にも参加させてあげると誘われたのですが、朝が早いのは苦手だとか何だとか言って、結局、これも参加せずじまい。今考えればまったくもったいない話です。

初めてお詣りした六所神社は、思ったよりこぢんまりとしていましたが、それなりにけっこう賑わっておりましたよー。

そうしたら、元日の晩に大磯町史でご一緒だった細井守さんからメールがあって、大磯町の郷土資料館で館蔵史料の展示会をやっているから一緒に行ってみないかというお誘い。偶然とはいえ、いや、おもしろいものですねぇ。

なお、この初詣シリーズはまだちょっと続きます(^_^)/

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