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江戸時代における地域ネットワーク論 その4

前回は、結局まとまりもなく、結論もなく江戸時代のネットワーク論についてつらつら述べてみました。実際、一昨年に東洋大学の白川部達夫先生の研究会「井上円了祈念助成人間科学総合研究所2017年度報告書』に掲載した論文「相模国における在郷商人とその地域的ネットワーク-伊勢原村加藤宗兵衛と大磯宿川崎孫右衛門を中心に-」では、婚姻を中心とした縁戚関係のネットワークが、それぞれの経営の維持もしくは再建のために、石門心学から報徳仕法へと展開していくことについて書きました。これなどはまぁ~確かに縁戚ネットワーク-報徳仕法ネットワーク-在郷商人ネットワークという3つのネットワークの複合体と言えるでしょう。とりあえず、このPDFファイルをアップしておきます。

報徳仕法ネットワーク図

こちらの図は、先の論文に関係する地域を相模国の地図に落としてみたものです。参考までに。

こうした事例では、ネットワークの意味も明確です。ただ、今回書こうとしたのは、文化のネットワークで、これについては例えば、俳諧のネットワークが豪農のネットワークとして機能していたといった研究がありますね(杉仁『近世の地域と在村文化―技術と商品と風雅の交流』吉川弘文館、2001年)。こうした文化とここの経営が繋がっているのはわかります。では、こちらはどうでしょうか?

相模国中央部の剣術伝播

こちらは相模国における天然理心流の伝播をみるために作成した図です。有名な『武術英名録』を使って作成しました。近藤勇ら新撰組の中心メンバーで有名な天然理心流は、多摩地方を中心とした武蔵国が有名ですが、相模国内にも広がっています。でも、これが全部なんですね。その両脇に直心影流があるのもちょっと興味深いですね。いずれにしても、相模国の天然理心流は、相模川の両岸を中心に広がっています。それはそうですね。相模川に添って八王子道(現在の国道129号線)が通っていますから。それ以外にもやはり数本の八王子道があってつながりは深いです。

でも、これらの道場もしくはこれらの農村「剣士」たちが相互につながっているかというと、これはよくわからないです。互いに稽古をしたとか。ただ、ここにある厚木村の高部太吉や栗原村(座間市)の大矢弥市などは、明らかに在郷商人のつながりもみられます。

ま、そこで今回は、一人の人物がどのような地域とつながっていて、どんな文化活動に関わっていたのかについてみてみようというのが目的でした。俳諧などのある特定の「文化」状況から見るのではなくて、一個人がどんな文化活動に参加しているのかという、ちょっと逆の立場から観察してみたのでした。

どちらにしても近年のネットワーク論は、そうした地域の生活や生産あるいは経営と関わりながら独自に広がっていったものを分析していこうという点は間違いないのではないかなと思っています。これでもまだ言葉が足りませんが…(^^;)

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投稿者プロフィール

馬場 弘臣東海大学教育開発研究センター教授
専門は日本近世史および大学史・教育史。
くわしくは、サイトの「馬場研究室へようこそ」まで!
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