地震で壊滅しては立ち直る、近世「小田原城」は災害大国ニッポンの縮図──世界とつながっている日本の城 第11回
5/26(木) 11:51配信

地震で壊滅しては立ち直る、近世「小田原城」は災害大国ニッポンの縮図──世界とつながっている日本の城 第11回5/26(木) 11:51配信

江戸時代の小田原城は何度も大きな地震に見舞われているという記事です。わかっている大きな地震だけでも寛永10年(1633)1月、正保4年(1647)5月、慶安元年(1648)4月、元禄16年(1703)11月、天明2年(1782)7月、嘉永6年(1853)と6回の地震が襲っています。これに宝永4年(1707)11月の富士山噴火を加えると江戸時代小田原地方は、災害のるつぼといってもよいかも知れないですね。記事は下記をクリックしてください。

https://news.yahoo.co.jp/articles/c32d281387e09b651bccaf98dc447cd59ecfc095

1点だけ訂正を。文中では小田原藩は箱根をはじめ5つの関所を管理していると書かれていますが、正確には6か所です(箱根、根府川、仙石原、矢倉沢、谷ケ、山北)。箱根の他…とかだったよかったですね。関東の咽喉(いっこう)に位置する要害の地であったことには変わりはありませんが。

記事の最後は大正12年(1923)9月1日の関東大震災と昭和、平成の小田原城再建について触れてありますから、こちらの写真を。

旧小田原市立図書館前にある崩れたままの石垣です。関東大震災でくずれたものだそうです。左上の天守との対比が何だか郷愁を誘います。

投稿者プロフィール

馬場 弘臣

馬場 弘臣東海大学教育開発研究センター教授
専門は日本近世史および大学史・教育史。
くわしくは、サイトの「馬場研究室へようこそ」まで!

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