キャンパスの掲示板と掲示門

今日のつぶやき
キャンパスの掲示板と掲示門

大学も東京回帰が進むと横には広げることはできないので、高いビルを建てるしかなくなりますよね。郊外に設置されたようなキャンパス型の大学だと広く作ることができます。そうでなくとも、最近は大学の掲示板が少なくなってきたかなぁと思います。昔はといっても30年ほども前のことですが、どこに行っても、都心の大学でも普通に掲示板があったような気がします。本学の掲示板はこんな感じでした。

こちらは10月のはじめの風景です。奥には門がみえますが、ずばり「掲示門」といいます。掲示板にいろんなお知らせが貼ってありました。休講の案内などはここまで来ないとわかりませんでしたね。携帯電話などない時代です。学生の呼び出しもここに張り出してありましたし、留年者の名前も…。考えてみたら個人情報なんて関係なかったですね。そもそもインターネットが発達した現在と違って、学生に連絡する手段がそうそうあったわけではありません。だから、掲示板は必須でしたし、だいたい2万5000人くらいの学生がかよってきていましたから、これだけの掲示板が必要だったのでしょう。この掲示板の写真も通路の途中から撮ったものですから。でも、通信手段が発達してからは、掲示板に掲示されているものも少なくなりました。

そうした中、9月頃だったと思います。学内の掲示板はすべて撤去するという話を聞いたのは。へぇ~そうなんだ、時代の流れだなと思うとともに、ちょっぴり寂しさも感じたものでした。やはりキャンパスに掲示板って絵になります。

それから10日くらいたったら、本当に一斉に掲示板が撤去されてしまいました。いや~仕事が早いというか…。こうなるとやはり広々とした感じにはなりますね。

そしてこちらが現在のようすです。掲示板があった場所もアスファルトですっかりと覆われてしまいました。さらにスッキリしていますね。

ちなみに左側にみえるソテツの木は、湘南キャンパスが開かれた当初、1965年頃には富士見通りという1号館から3号館までの通りの準硬式野球場と野外音楽堂側に植えられていたソテツでした。これはだからキャンパスの歴史を見続けてきたソテツなんですね。

 

ところで掲示板が撤去されたあとは、この門は何と呼ぶのでしょうか。北門と東門の間だから西門?でも、この道をほぼ真っ直ぐ行くと正門でもある南門に行き着きますからそれもおかしいか…。中央門がいいところかも知れませんが、正門とちょっとダブりますね。考えたら元赤坂とか元箱根とかいう地名もあるぐらいですから、「元掲示門」とか…はないですね、絶対(^_^;)

と、今日はちょっとどうでもよい話題でした。あ、いつもそうだと言わないでくださいね!

投稿者プロフィール

馬場 弘臣

馬場 弘臣東海大学教育開発研究センター教授
専門は日本近世史および大学史・教育史。
くわしくは、サイトの「馬場研究室へようこそ」まで!

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