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黄金色の湘南散歩道!

湘南…といっても湘南海岸ではありません。いつもの通り、海岸からは程遠い東海大学の湘南キャンパスです(^_^;)とはいえ、ただいま湘南キャンパスは秋真っ盛りです。四季の花が咲き、木々が色づくまさにキャンパスです。中央通りの欅が散るたびに銀杏やメタセコイアの木が鮮やかな黄金色に輝きます。と、その前に…。

先日Instagramとtwitterで、富士山と相模大山(さがみおおやま)の両方の山を同時に見られる場所が湘南キャンパスで2ケ所あると書きました。1つは体育学部の研究室がある7号館の屋上でで、もう一つがY字の建築物が珍しい1号館の屋上です。先日は7号館を紹介しましたので、今度は1号館からみえる風景を紹介しましょう。

上の写真、真ん中の大銀杏を隔てて左がの奥が富士山で右端が大山です。なお、1号館の屋上の四角い物体は椅子とかではありません。1号館は今は4階建てなのですが、はじめは5階建てにする予定でした。ところが、費用が足りなかったのでやむなく4階建てにしたけれど、ゆくゆくは5階建てにしようとして、その準備のために残されたものです。結局、5階建てにはなりませんでしたけれどね。

左下の写真は1号館から見える富士山です。右下の写真は伊勢原から見た大山ですが、大山の左上にかかる白い月がなかなか印象的ですね。

富士山が愛される所以は、もちろん日本一高い山だということもありますが、単体の山できれいなシンメトリーになっているのもその大きな要因です。こうやって見ると相模大山もまたシンメトリーであったことがわかっていただけるかと思います。江戸の庶民にとって、この相模大山と富士山に登るのが大きな望みでした。だから富士講や大山講といった講をつくり、お金を出し合っては積み立てて代表者が登るようになります。大山には宝暦年間(1751年~1764年)頃は、夏の盆山の時期だけでひと月に30万人が登ったといわれています。また、大山は石尊大権現を祀っていて、これは男神ですから男山。また、富士山浅間神社の祭神が木花之佐久夜毘売命(このはなのさくやひめのみこと)ということもありますが、その美しい姿態は女神にも例えられていて、いずれにしても女山。だから本来はこの両方の山をお参りしてこそ参詣が完成するといわれてきました。これを両詣りといい、片方の山だけに登るのは片詣りと呼ばれました。ただ、富士山は遠くて高いですから、ちょっと労を少なくしよう思ったら、弁財天を祀る江ノ島にお詣りします。私もこれで両詣りとしています(^_^)v

こういった事情もあって、江戸時代の浮世絵には背景として富士山と大山が同時に描かれることが多いのでした。

こちらは慶応元年(1865)に刊行された「末広五十三次」という浮世絵のシリーズの中の1枚で、文久3年(1863)に将軍徳川家光の上洛を源頼朝に仮託して描いています。このシリーズは月岡芳年や歌川広重など複数の浮世絵師が描いており、この戸塚宿は歌川貞秀が描きました。行軍する先の手前に相模大山、奥に富士山が描かれていますね。

いずれにしても両方の山を拝めるのは素晴らしい環境だということです。

また、前提が長くなりました。黄金色のキャンパスでしたね。こちらは野外音楽堂の銀杏です。

まだ青い銀杏の木もあって、今が盛りというにはちょっと早いようですが、色づいた銀杏は青空に映えます。

こちらは野外音楽堂のステージと1号館の赤い鉄塔を入れて撮ってみました。緑と黄金色と青空と白いステージの共演です。

そしてこちらは野外音楽堂の南側にあるメタセコイアの並木道です。恋人たちが手をつないで歩くのが似合うので、通称「恋人通り」というそうです。さすがにここのところ新型コロナウィルス感染症の影響もあってか歩いているカップルをみることはほとんどなくなりました。ただ、一人で歩いても真っ直ぐに伸びた小道が美しくて気持ちいいんですよね。

この通りの先には数年前に新しく門が設置されました。金目門といいます。「かなめもん」ですよ、「きんめもん」じゃないですからね(^_^;)あ~ぁ、美味しい金目鯛の煮付けが食べたくなりした!

投稿者プロフィール

馬場 弘臣東海大学教育開発研究センター教授
専門は日本近世史および大学史・教育史。
くわしくは、サイトの「馬場研究室へようこそ」まで!
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