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クラウドファンディングへの挑戦 No.04 「由緒書」とは何か?

今回のクラウドファンディングでは、小田原藩知行高340石取りの藩士、吉岡家の「由緒書」を翻刻することが最大の目標です。340石と言えば少ないようですが、小田原藩では最も大きな知行取りの家臣でも1500石ですから、吉岡家もどちらかというと上級家臣といってもいいかもしれません。

さて、「由緒書」とはなんでしょうか?『広辞苑』によれば、「由緒」と「由緒書」については、次のように書かれています。

由緒-(1)物事の由来した端緒。いわれ。また、物事が行われる根拠。(2)伝えて来た事由。来歴。(3)親類。身うち。ゆかり。

由緒書-《1》物事の由緒を記した文書。《2》婚姻に際し両家が交す親類書。

まとめてみれば、その事象の来歴と親類関係を書き記したものを「由緒書」というようです。ここで重要なことは、来歴、事由は必ずしも事実とは限らないと言うことです。徳川家が征夷大将軍となるために、「源氏」の系譜につないだというのは有名な話ですね。将軍から大名、旗本、百姓、町人、そして被差別民まで、さまざまな由緒に彩られた時代、それが江戸時代であるとも言えます。そうした由緒の研究は、1990年代になって盛んになった分野です。そこでは由緒が作成された意味と、その背景についてさまざまな研究がなされています。改めて注目したいことは、事実ではないことでも由緒として通用する社会ということです。それがまた「由緒書」と呼ばれる史料の「危うさ」も示しているのです。

ここで扱う「由緒書」は、武士の家の来歴を示すものです。そもそも江戸幕府は、寛政の改革を主導した老中松平定信が、大名家と旗本家の系譜を整理させます。これは『寛政重修諸家譜(かんせいちょうしゅうしょかふ)』として翻刻されていて、寛政年間(1789~1801)までの武家を調べるための基礎史料となっています。諸藩もまた、「由緒書」「先祖書」そして「親類書」といった文書を提出させています。小田原藩では『御家中先祖並親類書』として、現存するものが翻刻されています。「吉岡由緒書」は、この藩の事業にともなってまとめられたものと思われます。ただし、「先祖並親類書」はあくまでも調査時点の当主が、それ以前の続きと書き上げたものでした。吉岡家は、これらをまとめるような形地で、初代の実疑(さねよし)が大久保家に仕官した寛永19年(1642)から書き綴ったものと思われます。大久保家は当時、播磨国明石藩主であり、この後、肥前国唐津藩、下総国佐倉藩を経て。貞享3年(1686)に小田原藩主となります。まだすべてを読み切れているわけではないので、今はここまでにしておきます。

いずれにしても、「吉岡由緒書」には、初代実疑から9代信徳までの230年間の各当主の「由緒」が書き継がれているわけです。残念ながら、3代目くらいまでの記録には少ないですね。でも、少なくとも小田原藩にとっては重要な「記録」になります。だから翻刻したいのですが、その中身についてはまた次に!

 

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投稿者プロフィール

馬場 弘臣東海大学教育開発研究センター教授
専門は日本近世史および大学史・教育史。
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