平塚の古文書合宿と高徳院調査


12日と13日の土曜日と日曜日、神谷大介先生の主催で、夏の古文書合宿を行ないました。そして14日の月曜日は、鎌倉市文化財の調査で高徳院、鎌倉の大仏さんですね、この古文書調査に伺いました。連日の古文書三昧はまた、それはそれで素敵ですね。

◎平塚の古文書合宿

春に続いての古文書合宿です。今回は、この4月から本学日本史専攻の専任講師に就任された、兼平賢治先生も一緒です。先生は3人もいるのに、今回は大学院のOBの方が多くて、学生の参加者が少なかったのが残念でした。それでも、泊まった旅館がなかなかおもしろくて、夜は平塚の海岸で今年最後の、しかも最初の花火をやってそれはそれで楽しかったですね。

12日の午前中は、平塚市博物館を見学し、午後から平塚市民センターで古文書の勉強会、夜は旅館の卒業論文の勉強会、翌日は、午後3時までまた平塚市民センターで古文書の勉強会。なかなかハード?で、私はほとんど居眠り状態で申し訳ない次第…。何だかとっても疲れているようです(^_^;)

IMG_2592

IMG_2599

初日の夕方、平塚の海岸での花火は男8人!何ともはや…ですね。でも、人気のなくなった海、だからといって誰もいないわけではなく、夕暮れのなかにまばらな人影が見える。そんな初秋の風景が良いですね。夕闇に霞む富士山もきれいです。

さて、いよいよ宿泊です。泊まりは、平塚駅南口通りの「やまいち旅館」。こんな感じで、こちらに泊まるのかと思いきや、隣にあるマンションが宿泊施設。転用したみたいですね。大浴場も別棟です。スポーツの合宿などに使われることが多いとか…。さもありなん!料金もリーズナブルで、朝夕とも食事がつきますが、どちらもバイキングでした。ちょっと食堂が狭いかな?

IMG_2587IMG_2585

 

 

 

 

 

 

IMG_2583IMG_2580

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなんで、翌日は、古文書の勉強を終えた後で、東海道平塚宿の探索でした。何故、「平塚」というのか、こちらをご覧下さい。地名の由来となった「塚」も一緒に!

IMG_2602IMG_2601

◎高徳院の古文書調査

鎌倉の古文書調査は、7月に東慶寺を伺って以来ですね。この時は、古文書の修復のための下調査でしたが、今度の調査は文化財としてのちょうさです。鎌倉の大仏様は四方を廻廊で囲まれているので、本堂や庫裡などがどこにあるか分かりません。大仏様を正面に見据えて向かって右の廻廊の外に庫裡がありました。茶室もあります。新しい建物ではありますが、なかなか立派ですね。

IMG_2616IMG_2612

こんな感じで大仏様の顔を見あげることがないので、なかなか新鮮ですね。

IMG_2624IMG_2628

庫裡の中もお庭もとてもきれいで、ちょっと感激です。普通に足利尊氏とか、豊臣秀吉の古文書が軸装されて飾ってあったのはびっくりですが…。高徳院の史料では何と言っても、享保期(1716~36)の大仏修理に関する古文書が面白かったですね。元禄16年(1703)の大地震に関する記述もありましたしね。

そんなこんなでこちらもなかなか充実した1日でした。

IMG_2626

 

馬場弘臣 のプロフィール写真
カテゴリー: 史料学研究, 歴史コラム パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*