史資料を蒐集するということ。


この前の日曜日、9月25日のことになります。北原糸子先生が、自分の研究のために集めた史資料をくださるというので、下の娘を雇って、横浜のお宅に伺いました。北原先生は、改めて言うまでもなく、近世の、というよりも日本の災害史研究、防災史の第一人者です。安政地震の鯰絵の研究などは、本当になるほど、こういう視点があったかと感心したものでした。というと、何だか上から目線ですが、鯰が騒げば地震が起きるということはよく巷の俗説として聞いていたことですが、そこにはやはり人間のマンタリティに関わる問題があり、だからこそ「社会史」の問題として提起できる。もちろん、地震などの災害の実情や復興政策などの地道な研究もしっかりなさっていらっしゃいます。

先生にお目にかかるのは実はこれが2度目です。このblogでも紹介しましたように、秦野市の山王原遺跡で、宝永4年(1707)の富士山噴火の遺構の見学会があるというので、訪ねた際のことでした。とくに大名の御手伝普請のことで妙に意気投合してしまいまして、そんな関係から、ご自分が集めた史資料を提供したいというありがたいお言葉をいただきました。富士山噴火の研究といっても私はまだまだ本格的に始めたばかりですし、何より、災害史の研究はやはりこれからもっともっと求められていく分野だと思います。今年も熊本大震災や岩手の台風被害など、さまざまな災害が日本列島を襲いました。地球温暖化やエルニーニョ現象といった問題もあります。気候そのものの問題にも興味を持っています。とくにこの度は、元禄地震の御手伝普請に関する史資料と書籍が主ということでした。

それにしても先生のマンションは4階で、エレベータもありません、ということでしたので、ま、娘に手伝ってもらった次第です。

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ペットボトルを入れる比較的小さなダンボール箱に詰めていただきましたので、降ろすのは割と楽でしたが、でも、結局全部で18箱ありました(^_^;)凄いですね。で、ちょっとお茶をいただいて、いったん、本学の教育開発研究センターの資料室に入れ、改めて今日、2限目と4限目にあった授業の合間を縫って、同センターの共同研究室の棚に配架してみました。こんな感じです。

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後は、私が所有している災害関係の書籍などもここに移動しようかなと思っています。来年度卒論を執筆するゼミ生で、震災関係のことをやりたいという学生がいますので、まずは見てもらおうかと思っています。何より、一つの研究をするために、1本の論文を書くために、書籍や論文はもちろんのこと、とにかく原文書を集められるだけ集める、分析する、現地に赴く、現地の人に尋ねる。その情熱を学生たちに見てもらうだけでも意義があるかなと思っています。そのために目録も作成しようかなと思っています。袋入りの史資料についてはまた、収納方法も考えます。あと、写真版のDVDもあって、何より私自身が読んでみたいと思う古文書がいっぱいありました。まだまだ私は道のり半ばということですね。

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