明治維新で官軍の敵対勢力を取り締まった番所が新政府による神仏分離令の徹底を図り、旧牧野村(相模原市緑区)で観音像を廃棄するなど廃仏毀釈(きしゃく)を進めていたことが、緑区原宿の郷土史家、村田公男さん(69)の調査で分かった。
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https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170502-00000035-mai-soci
>神奈川県の事例では、僧侶が還俗して神主になる例はよくみられるけれど、これだけ徹底して廃仏毀釈が行なわれたという事実は初めて。文中にもあるように、牧野が甲州との国境にあって、官軍と旧幕府軍の戦いがあったせいかな。最近の研究では、長州藩ですでに廃仏毀釈の政策が行なわれていたと言うし…。
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