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【講演会】矢倉沢往還と曽屋村 レジュメもアップします!

それにしても忙しい1日でしたね。というより今週は、卒業論文の口頭試問から始まって、今日の講演会とあつぎ郷土博物館のオープニングセレモニーまで何だかドタバタでしたね。

ということで、本日は、秦野市立桜土手古墳展示館で講演会でした。といっても、もちろん、古墳の話をするわけではありません(^_^;)ただ、私の故郷、八女郡広川町は人形原(にんびょうばる)古墳群の中にある町ですから、小さい頃から古墳には親しんできました。

今日の話は、「矢倉沢往還と曽屋村」というテーマです。矢倉沢往還は、赤坂御門から渋谷を通って、二子の渡しで多摩川を渡り、川崎市、町田市、海老名市、厚木市、伊勢原市、秦野市と続く今の国道246号線(通称246=ニーヨンロク)にそった脇往還でした。矢倉沢村(南足柄市)には、矢倉沢の関所があって、ここから足柄峠を越えて江戸時代であれば駿河国、まぁ今であれば御殿場に通じる道です。江戸時代のはじめに箱根八里が官道となる前、足柄峠を越える道が東海道でした。私は厚木に住んでいますので、馴染み深い道です。それにしても、福岡の田舎からこちらに出てきて、初めて車で厚木方面まで来たら、普通の国道が片側3車線もあって驚いたものでした。

矢倉沢往還は、このように江戸赤坂から相模国の中央部を横断して駿河国抜ける街道で、このうち伊勢原村(伊勢原市)と曽屋村(秦野市)は、大山にお詣りする拠点となる村で、矢倉沢往還は大山道と言われた大山に通じる複数の道の中心となる街道でした。別に青山道、厚木街道、富士道などとも呼ばれていました。

実は、類似のお話しをすでに5年前に秦野市立図書館でやっていたのですが、今回は、南足柄市・開成町・松田町・大井町・秦野市が共同で『矢倉沢往還 善波峠~足柄峠』というウォーキングガイドを刊行した記念ということでした。

曽屋村は秦野の中心となる村で、いわゆる在郷町(在方町)と呼ばれる農村部の町場になります。曽屋村は別に十日市場村とも言われていました。曽屋村や伊勢原村、厚木村などには、東海道の宿駅と同じように公用人馬を用立てる継立場(つぎたてば)が設定されていました。講演では、矢倉沢往還のこうした特徴と、曽屋村の特徴を交通、経済、政治の面から検討したものでした。詳しくは当日のレジュメをアップしますので、興味のある方はぜひダウンロードしてご覧ください。

「矢倉沢往還と曽屋村」レジュメ=yagurasawaoukan

朝の10時から始まる講演というのは初めてでしたね。それでも70名程の方がいらっしゃったとのこと。会場はいっぱいでした。

それにしても、桜土手古墳というのがあったことも知らなかったですね。こちらが展示館です。

こちらには4~5基のの古墳があったのですが、このうち、復元された石組みの古墳は見事でしたね。石はもともと古墳にあったものを組み直したとのことでした。こちらがその古墳で、石室までしっかりと組んであります。一見の価値はありますよ。

午後からは、あつぎ郷土博物館のオープニングセレモニーだったのですが、これは続きます(^^)/

投稿者プロフィール

馬場 弘臣東海大学教育開発研究センター教授
専門は日本近世史および大学史・教育史。
くわしくは、サイトの「馬場研究室へようこそ」まで!
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