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背中

今日は昨日の続き、今日は明日へとつながっていく。当たり前ですが、どれも1日に変わりはありません。でも、それぞれに特別の日というのが存在するのが、人生というものですね。

今日はかみさんの小学校教員定年の日です。家を出るのは私の方が遅いので、いつもお見送りです。今日もいつもと変わらず元気に玄関をかけだしていきました。私もいつもと変わらず、その背中を見送ります。といいつつ、玄関まで見送るのはめったにありません(^^;)

そういつもと変わらぬ風景を続けて36年…。早いものです。単純計算でも閏年を含めて1万2,783日になります。考えてみれば膨大な時間の積み重ねです。それが過ぎ去ってしまえば、あっという間に感じてしまいます。若い人とたちよ、そんなもんですよ。

1番記憶に残っているのは、不登校の子供についてです。もう20年近く前になるでしょうか。かみさんはその子のために毎日、いつもより早く家を出ていっては迎えに行っていました。極力、同級生たちも彼を訪ねるようにしていました。ひいき目に見ても頑張っているなと思いましたし、自分にはとてもそこまではできないなと思っていました。それでも彼はほとんど登校することはありませんでした。その子が中学生になったとき、小学校の不登校について、お母さんは担任との相性が悪かったと説明されたそうです。それを聞いて、さすがにかみさんも涙していました。

どんなに努力してもかなわないものがある。どんなに心を込めても通じないことがある。それが人間というもの。それが現実というもの。テレビドラマみたいにはいきません。もちろん、爆笑するような話もヤマほどあります。でも、うまくいかなったことの方が覚えているものですね。かみさん自身がそうかわかりませんが…。おそらくいろんな先生方がいろんな思いを抱えてその長い年月を過ごされているのだと思います。でも、まぁ、先生の世界にもいろんな方がいますけれどね(^^;)

ただ、最近のようすをみていくと、教職の世界は明らかに「ブラック」になっています。昔はもっと余裕がありました。思うに一つは文科省の思いつき。ゆとりといっては授業を減らし、総合学習だかなんだかわからない授業をもうけ、だめだと思えば元に戻すどころか、国際化には英語が必要だって…。そんなの歌ったり踊ったり片言しゃべっても意味がないことは、娘を英語教室に通わせていた経験からわかります。書類も山のように増えて、事務どころか先生の数も足りなくなっていったのが現状。9時、10時に帰るのが当たり前ってね。どこが働き方改革でしょうか。特別職にはもちろん残業代なんぞはでません。

そうしてもう一つは保護者。モンスターペアレンツという言葉が誕生したのはいつのことでしたでしょうか。100人はOKでもたった一人のクレームで物事は詰まっていきます。そんな社会になっていきました。

どの世界にも足りないものは、余裕と寛容だと今、自分も教壇に立ちながら思います。みんな焦りすぎ!

今日で定年といっても、明日からは非常勤として、同じ小学校で教壇に立ちますので、まだ一区切りですね。

でも、いまはただただ、これまで本当にご苦労さまでしたね。そしてありがとうm(_ _)m

投稿者プロフィール

馬場 弘臣東海大学教育開発研究センター教授
専門は日本近世史および大学史・教育史。
くわしくは、サイトの「馬場研究室へようこそ」まで!
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